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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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1月も半ばを過ぎてしまいましたが、

あけましておめでとうございます。
今年も読んでいただけたら嬉しいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨年5月より、家の中の大整理に着手しましたが、
思ったより簡単ではなく、
年末まで大騒ぎしました。

まだまだ整理整頓したいので、
体の調子をみながら、ぼちぼちがんばりたいと思います。
これが今年の抱負かもしれない。
前向きな意味での身辺整理です。
他にもやりたいことは山ほどありますが・・・

それで、年始は年始らしく、いつもの行事に終始し、
忙しい友達がお正月休みに誘ってくれたりもし、
食事やお茶をしたお店で、5時間もしゃべってしまい。
(・・・気持ち的にはまだしゃべれましたが、
 私の用事でタイムアウト)

会社を経営してる友達ですが、
色々と面白い、勉強になることを聞かせてくれて、
社会で働く生活から遠ざかってしまった自分に、
喝!を入れてくれました。
(彼女は普通に日常を話しただけで、
 そんなつもりじゃないと思うけど)

高校時代からの長いつきあいですが、
同級生っていいなあと思いました。

そんなこんなで、昨日、
昨年からの疲れが出たのか、布団から出られなくなってしまい・・・

体が重いのです。

起きなきゃ・・・と思うのですが、
どうにも体が動かない。

別に熱があるとか、そういうわけではなかったのですが。

「何だろう?再燃の予兆?」とか考え始めると、
何だか恐ろしいことになりそうなので、
「疲れが出ただけ、そうそう」と、自分を前向きに偽りつつ、
昼くらいにベッドから抜け出し、
軽めの家事をはじめました。

洗濯は、母か私か先に起きた方がやるので、
(たいていは私は5時起きなので先)
すでに干してあり、
取り込みやアイロンかけ。

台所で食器洗い、夫の部屋の掃除など。

いつも思うことですが、
「体が動くってありがたい」

発病したときは、あまりの体の痛さに、
「何の病気だとこうなるの!」と不安でならず。

トイレにも自力で行けない悲しさに、つい暗い考えに傾き。

今まで先延ばしにしてきた、色々なことを後悔して。


自分の前に時間は無限にあると錯覚してましたが、
人間はいつどうなるかわからない。

そう病気は教えてくれました。

今でもしみじみ思うこと。
トイレに自分で行けるって、何とありがたいことか・・・

多分、プレドニン等の薬がなかったら助からなかった。
昔なら「謎の奇病」扱いではなかったか。

痛みの中で、食事もとれず、じょじょに弱っていったのではないか。

現代だから助かった。

そう思うのです。


もしかしたら、もう「余生」なのかもなあ・・・とか。


今年も再燃せずに生きていけることを。
少しは人様にお役に立てたらいいなあと思い。


今年もよろしくお願い申し上げます。



ちょっと悩んでいた。

ある会に参加しているのだけど、
私は役員をしている。

役員は持ち回りが前提ではある。

私はスティルなんて病気をし、
体力もあまり自信がなく(これは元々だけれども)
「再燃」という状態ではなくても
不明熱が簡単に40度台に近づくし、
突然入院することも考慮されて、会長は免除されていたのだ。

会長は激務である。

問題はそこで、わりと高額な発表会(習い事系)で
「体調が悪くて、取り回しに失敗しました」では済まされない。

それで、前々の会長からは
「体調を考えて、役員は免除」と計らっていただいていた。

しかし。
その会長も会自体をやめ、私の事情を知らない会員も増えている。
会長以外の役員なら、書類を作る程度の仕事なので、
体調の良いときにできるだろうと、やらせていただいていた。
それも二年連続で。
六年在籍して、三年は役員をやっているのである。
何と言うか、せめてもの償いというか。

「会長が出来ないことが申し訳ないから」
との気持ちからである。

そこでまた「しかし」

「トリルさんは何で会長をしないんですか?」

の会員の質問を、今の会長が重要視し、

「次期会長できる?」

と打診。

本当に申し訳ないですが、
再燃したら、
次はステロイドパルスは免れないと思いますので
(ステロイドパルスについても説明をする)
病気の特徴で喉が痛くて、
最悪の場合、話をすることも無理かと・・・

引継ぎのために、病室に入ることも恐らくかなわない。
薬で免疫力を強引に落とすので、感染症予防のために
病室に入れる人の制限があるかも・・・と。

膠原病の説明は、長くなってしまう。
「こんな事情、経験者か身内でないと聞いてて退屈じゃないか?」
と思いながら、入院中の話をする。

膠原病って、当事者か身内か、身近な人でないと、
理解するのが困難じゃないかと、今までの経験から。

相手は意地悪で『理解したくない』のではなく、
本当にどんな状況になるのか、わかりにくい病気だと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「だってみんな
 『トリルさん大丈夫そうじゃないか』って言ってるよ」


以前、リウマチ患者のドキュメントで

「病気をわかってもらえないのがつらい」

と、患者さんが話していたのを思い出した。

体調の良いときに、外に出る。
食料の買い物などをする。
出合った誰かとしゃべる。

「体、大丈夫じゃん。治ったんだね」と思われる。

リウマチ患者は

「体調が『良いときに』、外に出ているんです。
 具合が悪いときは寝ているんですよ。
 でもそれがわかってもらえないんです」

ビンのふたも、ペットボトルのふたも
専用の器具がないとあけられない患者さんである。
日常生活も、せんたくものを干すときにさえ、
何か工夫をこらしている。
せんたくばさみひとつ、素手では止められないのだ。
でもそれは、家族にしかわからないこと。


その番組を観ながら

「そうだよね・・・」

と思っていた。
涙が出そうだった。

体調が悪いのもつらいが、理解をしてもらえないのも
なかなかつらい。
この患者さんは、ずいぶん傷ついてきたことが伝わってきた。

でも今は「わかってもらえなくて当然かも」と思っている。

彼女のことを考え、自分のことも考えると
一瞬怒りも沸き、
「出来る限りでがんばっているのにひどいじゃないか」
と思ったことは事実である。
今も実はそう思う。

しかし、知らない人から見れば

「この間、外出していたのを見た。
 元気そう」

って思うのは仕方のないことだから。
悪気など全然ないのである。

私はステロイドで頭髪が抜け、かなり悲しい状態になり、
失礼ながら室内でも帽子をかぶっていた時期もあったけど、
そのことを話しても、

「そんなことあったっけ?」

こんなものである。
人は他人のことなど、よっぽどでなければ
詳細に覚えていたりしない。

それで

「ねえ、事情はなんとなくわかったんで、
 それなら『倒れるまで』ってことで、
 何とか引き受けてもらえない?」

え?

倒れたら、誰かに代わってもらえばいい、と?


私が引き受けないと、他の人たちが
「だってトリルさん、会長やってないのに、
 何で私にまわってくるの?」
と理由をつけてしまうそうで。

無理もない。

このままでは、会の雰囲気が悪くなってしまうので、
私が脱退することにした。

これについては、何と言われても仕方がない。
発病した時点で、やめていればよかったと後悔している。
前々の会長のご厚意に甘えるべきではなかった。

本来、他の会では、誰が誰がともめるくらいなら
自分が会長を引き受けてきたけど、
・・・例えば同級会とかの女子部会長とか。

同級会は、まあ言ってみれば宴会なので、
会長任務は、事前根回しがほとんどで
当日いなくても、打ち合わせさえしっかりしていれば
他の方たちで何とかしてもらえる。

だがこちらは、当日のアクシデントも予想されるので、
本当に会長が全てをまわさないと無理なのだ。

しかし、正直むなしい。
一生懸命説明しても「でも今は元気だよね」
で話が終わってしまうから。

私だけでなく、誰にだって事情はある。
介護中の人とか、子どもから目が離せないとか。

だから私のも理由になるなんて思っていない。
しかし、いざというときに、話も出来なくなる場合は
代理もきかない。

そう伝えた。

以前、お茶席の控え室で、膠原病疑いの人に
打ち明けられたときも、その人は

「『なまけ病』って思われるのがつらい」
とおっしゃっていた。

私には、分かりすぎるくらい分かるが・・・

わかってもらえないのも普通なことだと、
今はすごく思うようになってしまった。

だからもう「わかってくれなくてかまわない」

と思っている。


とある公共施設で、長時間打ち合わせをした。
最近暖かい日も多くなってきているというのに、
足がだんだん冷えてきた。

あまりの冷えに、行儀が悪いがスリッパを脱ぎ、
手で足先を包んで暖める。
足の冷えは、私には鬼門なのだ。
スティルになる前の異常な冷えに懲りている。

最近の暖かさに油断して、
ひざ掛けを車におきっぱなしにしてしまった。

スリッパもビニールであるが、
床材もおそらく「ビニール床シート」というものである。
つるつるツヤツヤの床で、公共施設や病院によくある感じの。

ひざ掛けがあったとしても、
おそらく足先からの冷えは防げなかったと思う。
じっと座っていたので、余計に悪いとは思うけど。

ビニールは多分、体に優しくはないんだな。
そういえばパイプ椅子の座面もなかなかクルわ。
座る場所って、健康にけっこう影響するかも。

なんかもう、ひざ掛けだけじゃなく
暖かいスリッパも持参したほうがいいかな。
「おばちゃんは荷物が多い」とか言われるけど、
こういう事情で増えていくのかな。
でもひざ掛けですら、持って歩いてるのは
自分だけだったりします。

前回書いたお茶会にて、ある奥様から突然
小さな声で尋ねられた。

奥様と私、ふたりだけになった楽屋(?)・・・じゃなくて
控え室にて。

奥様「・・・ねえあなた、間違っていたら申し訳ないのだけど、
   『膠原病』・・・って・・・」

ちょっと驚いたけど

トリル「・・・はい、そうです。・・・何でご存知なんですか?」

どこからか噂でお耳に入ったらしい。
まあ、私は救急車で運ばれたし、親もこの地に長いこと住んでるし、
そんな話題になることもあるでしょう。

奥様「ああ、やっぱりそうだったの。
   ・・・実は私も膠原病でね」

トリル「えっ!そうなんですか~。
  今日は大丈夫なんですか?
  それで、膠原病の何と言う病気ですか?」

奥様「・・・それがね、これという病名はついてないの。
   お医者様に『膠原病に近い数値が出ている』とか何とか言われて」

よくわからないけどおそらく「診断基準に満たないが、
膠原病系を診断する数値が上がってきている」と、いうことらしい。

最近調子が悪いので、今年のお茶会は着物を着て茶席に出ずに
控え室担当にしてもらった、と奥様はおっしゃる。

奥様「まあ~、着物を着るのもやっぱりおっくうでね。
   着ることを考えるだけで疲れてしまって」

トリル「そうですよね。気力がないと、なかなか準備も大変ですよね」

何となく、慰めあう雰囲気になる。

奥様「それでね、この病気って見た目じゃわからないことも
   多いみたいでしょう。
   膠原病って説明してもよくわからない人も多いし。
   私だって最初『高原病?山なんか行ってないわよ。何それ』
   って思ったの。
  『高山病』と間違ってたのねえ~(笑)」

トリル「あはは、私の親も最初に聞いたときはそう思ったらしいですよ。
  『何で高原?』って思ったって」

奥様「まあ、ショックもショックで、治らないって言われるし、
   体はだるいし、誰かこの気持ちをわかる人がいないかと思ったら
   あなたがそうだっていう話を聞いたものだから・・・
   ・・・ごめんなさいね」

疲れやすいので、一日に予定を入れるのは、ひとつだけにして、
前後二日間はなるべく空けて、無理はしないようにしている
と私が言ったら、
「私もそうよ」と奥様は笑う。

人に会うときは元気な態度で明るくしている、ともおっしゃる。

トリル「家事も、できるときにやれることはガーッと一気にやって
  やれないと思ったときは、寝てるんですよ」

奥様「私もそうよ。でもやっぱり見た目が普通だから
  『なまけ病』って思われるみたいで。
   ・・・それがつらいわね」

日によって体調はずいぶん違うので、そう思われることも
あるかもしれない。


奥様は、おそらく私と同じスティルではないと思うけれど、
疲れやすいだるい、先々不安」
と、膠原病の人とうなづきあって、
少し心が軽くなったような気がした。

「同病相哀れむ」って好きな言葉じゃないけれど、
自分だけじゃない、とか
自分の症状を同じ状態でわかってくれる人がいるのは
やっぱりホッとする・・・と思った、控え室でのヒソヒソ話でした。

タグ : スティル だるい 疲れやすい

役員の仕事も
年度末が近づき、大詰めというところで
体調を崩してしまった。

大会に出席したり、バザーをやったりなどでしたが、
終わったら気が抜けたのか、頭が痛いし体がだるい。

だるくてだるくて、関節が抜けそうで、気力もわかない。

しかし、また週末にイベントがあるし、
根回しなんかもしなくっちゃ
なんて考えていたところに、発熱39.7℃
体温計を見て、目を疑って、余計に具合が悪くなる感じ。

時期が時期だけに
「インフルエンザ?」と疑いましたが、
「いや、もしかして、スティル再燃・・・とか?」

発熱自体は2007年の6月に39.5℃が最後で
それ以後、何となく平和に暮らしてきました。

病院に行こうか・・・と思いましたが、
インフルエンザじゃなかったら、
かえってウイルスを病院でもらったりするかも
と、二の足を踏み、

ちょっと様子を見て・・・なんて思っていて、
夜中にお手洗いに行こうとしたときに
部屋を出たところで、ふらっときて転倒。

自分は、転倒したことは覚えているのですが、
そのままどれくらいの時間かわからないけど
失神?してしまったようで、
真っ暗な中、気付いたときにおぼろげに見えたものは
どうやら天井のようで。

「何・・・?うっそお・・・」と思いながら、

そのまま這ってお手洗いまで。
ずるずる這っていたら、暗闇から「トリルちゃん!?」

母が、出てきた。

「大きい物音がしたから、ドロボウかと思った・・・
 大丈夫?転んだの?」

夫は出張中でいなくて。

立ち上がったら、背中を支えてくれた。
「大丈夫だよ・・・」と言って、お手洗いへ。
派手な音で起こしちゃったか・・・

お手洗いで用を済ませたけど、まためまいで気分が悪くなり、
「でも部屋に帰らなきゃ」
と、立ち上がって衣服を整えたところで・・・
記憶が途切れる。

ハッと気付いたら、便座に頭を乗せた状態で、
まだお手洗いにいた。

「もしかして私って、また気絶してたの・・・?」
でも何だかめまいは少しおさまったような。

そのときは、わけがわからなかったし、
どれくらいの時間だったのかもわからないけど、
部屋には歩いて帰った。

次の日、「トイレでまた転んだの?」と聞かれる。
「どうして分かったの?」と尋ねたら、

「トイレのストーブが壊れている」
と。

倒れてストーブを蹴飛ばし、壊してしまったようだ。
父が脳梗塞のため、、気温の差が良くないので、
お手洗いには小さな電気ストーブが置いてあるのだ。

ストーブを壊すほどの衝撃だったらしいのに、
全然覚えてないとは・・・
スイッチが入ってなくてよかったけど、
一晩に二度の失神がけっこうショック。

それに、頭を壁や床や便座で強打したりしてないんだろうか?
酔っ払いがグニャグニャで、意外とケガをしないように、
ふうっと倒れても、けっこうケガはしないものなのかな。

今回は喉は全然痛くなくて、
熱が高いわりに
あの、初めてスティルになったときのように
歯が鳴って止まらないほどの急激な悪寒はなく、

体も関節がだるいけど、あのときのように
筋肉が痛くて自力で起き上がれないということもなく、
汗をびっしょりかいても、自分で着替えもできて。

インフルエンザを疑って、部屋を隔離してもらったけど、
誰にもうつらず、どうやらインフルでもなさそうで、

何だったのか、今でもわかりません。
食事がのどを通らなかったので、
倒れたのは貧血もあると思いますが。

もともと赤血球が少ないと昔から言われておりますので、
やはりこういうときは弱くて、情けなくなるときがあります。

今回は熱で、
スティルのときにつらかったことをはっきり思い出し、
久々にゾーっとしました。

スティルに比べれば楽でしたが、
「再燃だったらどうしよう、耐えられるだろうか」
と、それが本当に不安でなりませんでした。

熱が出たりは本当に少ないのですが、
いったん出ると、すごく高くなってしまう癖がついたようです。

前に処方された座薬(ボルタレンサポ)
を使っちゃおうかな~と思いましたが、
すでに期限は過ぎており、処分した後でした。
(以前、『きちんと保管してもせいぜい半年!』
 とドクターに注意された)

いったん自然に36℃台に下がって、
また38℃を超えたところで、バファリンをのみました。

今はまだ体力が戻らず、無理ができない状態ですが、
日常生活にぼちぼち復帰しています。
本当に健康ということは、何にも替えがたく
ありがたいことだと・・・しみじみ思います。

体調を悪くすると、スティルを基準に考えてしまい、
「あっ、でもあれに比べたら楽かも」
とか思って、何だか変な意味で強くなったのか(?)
私にとっての最悪が、やっぱりこの病気だったのだと思います。

余談ですが、失神した後、意識が戻るときっていうのは、
睡眠後と違って、急に、本当に明かりがついたように
パッと戻るものなんですね。
「はっ!ここはどこ?」って、マンガみたいな感じです。

タグ : スティル

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