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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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退院の日が来た。

ロキソニン、タガメット、ボルタレン座薬、
プルゼニド、ガスターなどをいっぱい出され、
大事な大事なプレドニンもバッグに詰める。

このとき、プレドニンは3錠、15mg。

化粧をして、Tシャツにチュニックを着る。
ジーンズを持ってきてもらったが、ジッパーが閉まらずあわてる。
どれだけ太ったんだ!
一番ゆるいジーンズなのに・・・

シレッとチュニックでジーンズの前を隠す。ジッパー開けっ放し。
これで(多分)わからないだろう・・・良かった、チュニックがあって。

く、くつまでキツイ。体だけが太るんじゃないんだ・・・

入院数日後、テレビを初めて見る気になった日。
ローザンヌのバレエコンクールが映った。
放送する日は知らなかったけど、見たかった番組だった。

信じられないほど高く上がる足。
歩くこともできない自分には、奇跡のように見えたなあ・・・

マナさんにテレビカードを渡す。

「お世話になりました・・・」

最初に会ったとき
「あなた、若いけど何の病気?」と聞かれ
「膠原病です。『スティル病』といいます」と答えた。

マナさんは
「へえ、そんな名前の病気があるの。私は白血病」
とサラリと言い、私は驚いて絶句してしまったのだ。

そのときは、病気の人には見えなかった。
入院したのは私が先で、
部屋を移ったと同時にマナさんは入院してきた。
サバサバと元気な口調で、とても明るい印象だった。

でもマナさんはその後荒れ、治療を拒否したことがあった。
「もう死んでもいいの」と。

下がらない高熱や、水がたまって象のようにの腫れる足。
引かない全身の湿疹。
まだ本格的治療に入る前の検査と、
体を過酷な治療に耐えられるだけの状態に持っていく、
準備の段階だった。
それでも痛々しくて、見ていられないほどだった。

担当医やナースが来て、
「セカンドオピニオンもあるし、この病院じゃなくてもいい。
 納得いくまで治療しましょうよ」
と必死に話しかけていた。

がんばっている途中に、不意に気力が抜けることはあるものだ。
体がつらいと、気力が続かない。
普通以上に気丈な人だけど、カーテンを張り巡らして泣き、
食事もしなかった。

私は隣にいながら、かける言葉もなかった。
つらいのは見ていてわかるけど、本当のつらさは本人しかわからない。
何を言ってもうわべだけの慰めになりそうで。

カーテンを開けて出てきたとき、かけた言葉は
「・・・元気・・・出た?」だった。
まぬけなことである。
私は何を言っているのか。

その後、少し落ち着いた頃。

トリル「お孫さんが出来たら大忙しですよ。
  マナさん、頼りにされるんですから」
マナ「うん・・・家も建てるって言ってるし・・・
  私、まだがんばれると思う?」

トリル「当たり前ですよ!
  きっと今は昔より過酷な治療じゃないですよ!
  ドクターも『今は髪が抜けない薬もある』
  って、最初の日におっしゃったじゃないですか。
  医学は進んでるんですよ!大丈夫ですよ!」

もう支離滅裂だけど、私に医学の知識なんかないけど
私もマナさんに元気をだしてほしかった。
ご家族も必死に説得したと聞いていた。

今日は、マナさんは穏やかに微笑んでいる。
「トリルちゃん、まだ若いんだからがんばりなさいよ!」

私はマナさんの右手を握り、
「マナさんも早くお元気になってください」
と、ちょっとうるんだ声になってしまう。

これからマナさんは、本格的な治療が始まる。
ガンバレ!マナさん!

心の中で言って、50日間お世話になった病院を後にした。
タイムスリップしたように、外はいきなり夏だった。


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タグ : スティル病 プレドニン 白血病

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