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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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fight or escape

物事や言葉が、
ことごとく裏目裏目に出ることってありませんか。

ある会合のときに限って、話し合ってると
何というか、発言の内容が悪いほうへ取られてしまい、
文句を言ってるように思われてたりとか・・・
そんなつもりは全然!全くなく、ただの「提案」で
裏心も含むところも、何もないんだけども。

何もかもが悪いほうへ転がる。
良い方向へ持って行こうとして、付け加えた言葉が
さらに状況を悪化させる。

私の語彙が貧弱なのか、けんかを売っている、あるいは
気が利かないように聞こえるのか。

単純に、その人との相性なのか?

また反対に、ピシャっと言ったことが伝わって
「おー、100%届いている!」
と思う人もいる。

こちらは私の言葉が足りなくても
「あー、こういうことだよね。わかってるよ」
と、逆に私がびっくりするくらい、わかってくれる。

こういうのを「相性が良い」というのか?
思考回路が読めるというのか?

前述の「裏目裏目」が最近ひどくて、少々弱気になっている。
もー、提案もやめようと思ったり、
質問も控えようとか、もうネガティブでネガティブで。

バイオリズムとかも関係あるのかな?
お正月のおみくじでも
「出しゃばらずに控えめに」みたいなことが書いてあったし。

ちょっと運気を変えてみたほうがいいのかなと
ものを処分してみたり、
掃除を念入りにしてみたり、している。

特に信心深い方ではないけれど、
お寺さんが月命日のお参りに来てくださったときに
一生懸命、一緒にお経をあげてみたりとか。

いつもは「お経が長いな~」と思う罰当たりですが
今回は集中していたら、あっという間に終わって、
「相当まいってるな、自分」と思った。

友達は

「まああんまり気にするなって!
 『自分が悪い』って思いすぎだよ。
 言った方は、案外何の気なしに言ってるもんなんだよ!」

と明るくはげましてくれる。

ありがとう。
救われるよ、私。

もう少しで、トンネルを抜け出せるか?
春なのに、まだ少々寒さが抜けないこのごろです。

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肌襦袢

ちょっと暖かくなりはじめた頃に
「肌襦袢を縫ってみよう」と思い、
和裁の本を見て、縫い始めた。

和裁初心者は、普通、肌襦袢から縫い始めるらしい。
「練習」「慣れる」ということで。

まあ、外から見えるものではないしね。
晒しは縫いやすい素材だし。

ずいぶん前だけど、着物の形のエプロンを縫った経験から
「肌襦袢なんて、簡単だろう」と甘く見ていたのですが、
これがもう、とんでもなくて。

私が買った和裁の本は、初心者用ではなかったため、
手をとり足をとり・・・という感じではなく、
「こんなことは当然わかってるよね?」みたいな
和裁経験者には常識的レベルのことは、飛ばしてある。

身幅の計算を間違えて、ほどき、
肩の切り込みが深すぎて、襟の付け位置を間違ってほどき、

多分、経験者には軽く一日か二日で縫えるものが、
全然すすまない。
一度縫ったものをほどくと、そのたびテンションが下がる。

独学の限界か?と思ったけど、
まあ何とか、もう少しで出来上がりそう。

写真は最後の難関、襟をくけています。

・・・・・・・・・・・・・・・

和裁は洋裁と違って、肩山を切り離さないため、
肌襦袢みたいな短いものでも、
裁断してみると「長っ!」と思う。

これが普通の長着だったら、本当にどれだけ長いのか。

160センチの人でも、女物ならおおざっぱに言って
身頃の部分は320センチ。
縫い代を入れれば、もうちょっと長い。

・・・・・・・・・・・・・・・・

昨年の夏に、
親戚の家が新築したので、お祝いに行ったら、
仏間に変わったテーブルがあるのに気付いた。

「あのテーブル、すごーく長いですね」
と言ったら、

「知り合いのおばあさんが、蔵を整理することになって、
 『何でも好きなもの、持って行って』って言われたの。
 『もう年で、色々整理しておきたいから』って。 

 それで、うちはちょうど家を建てるところで、
 『このテーブルいいですね』と言ったら、くださったの。

 お若いころに和裁の仕事をなさってて、
 その机なんだって。
 
 一枚板のすごくいいものみたいだから、気がひけたけど、
 『もらってもらえなければ、捨てるしかない』
 っておっしゃるので、遠慮しながら頂いてしまったわ」

和裁の机かー!

反物を延べるのに、それだけの長さがあれば、
お仕事しやすいですね。
仕事机とは言っても、戦前のものでモノがいいらしく
品良く、違和感なく、新築の家におさまっていた。

この新築の家を訪れる人はみんな、
新しい家と、このテーブルを褒めていくらしい。
それほどに、何かひきつけるものがあるのでしょう。

お仕事をして、お役御免をした机が
また新しい環境で、褒められて役に立っていくなんて、
なんて幸せなことだろう。
何十枚か、何百枚か、
美しい着物が仕立てられてきた机。

和裁士さんは、
反物を裁断する前に、七回はハサミを入れる位置を確認し、
間違ってないことを神様に祈り、
大安の日にハサミを入れるらしい。

すごくうらやましくなってしまって
他人のものを「欲しい!」って思うのは躊躇するけど、
これは本当に、うらやましかった、のです。
物語つきだよ。いいなあ。

昨日かおとといだったか、
新聞の投稿欄を読んでいたら、
ちょっとうるっとくる記事が載っていた。

アメリカでのニュースなのか、ドキュメンタリーか、
がん病棟のこどもたちと、建築のお話の感想で。

小児がん病棟のとなりに、病棟を増築することになり、
病気のこどもが、その工事の様子を窓から見ていたという。

こどものひとりが、
窓に自分の名前をかいたところ、

工事をしていた青年がそれを見てウインクし、
鉄骨にその名前を大きくペンキで書いた。

その鉄骨はクレーンで吊り上げられ、
建物の一部になる。

名前を書いてもらった子は、
大喜びでそれを他の子たちに自慢する。

それを見た他のこどもたちは、
我先にと、自分の名前を窓に書き始める。

やがて、色とりどりのペンキで、
鉄骨に名前が書かれていく。

そして、
自分の名前が記された鉄骨が、
巨大なクレーンで大空に舞い上がる。


こんなお話に弱いこのごろ。
自由に動けない病気のこどもたちの、嬉しい気持ちが伝わった。
映画みたいだ。
名前を書いた、アメリカの工事の青年、

・・・粋であったかいね。

役員の引継ぎと最後の会議が終わって、
もう本当に、本当にホッとしている。
収支報告書、その他の書類も
問題なく受理されたようで、
最後の仕事もきれいに終わった・・・

何でしょう?このノビノビ感!

この一年間、
何をやるにもずーっと、このお役目のことが頭にあって、
手帳をにらみながら、スケジュールや準備のことを
考えていた。

次の一年はまた、違う会のお役目もあるけど、
病気のことを考慮に入れてもらえたらしく、
「補助」というポジションにして頂けて、
一人前に働けないかもしれないけど、
また一年、できるだけ皆さんに甘えずに
がんばっていくつもりで。

何かと体調の良いときに
「早め早め」に手をつける習慣ですが、
決定的に身についたのは、
学生のときの、卒論の提出日の出来事以来かもしれない。

教授から
「提出日は○月□日と○月△日の二日間。
 午後4時までに出すように。
 『どんな理由があろうとも』(大声)
この日、この時刻までに
 提出できなければ、卒業は認められない」

と厳しい口調でお達しがあった。

その少し前に、
それも、よりによって後期テスト期間中に
産まれて初めての入院(急性胃炎、大腸炎)を
経験したこともあり、
(もちろん再試になり、再試になると、たとえ満点を取っても
 Sはもらえないという悪夢のようなシステム)

「突然、何があるかわからない」と身に沁みていて、
卒論は早目に仕上げていたのにもかかわらず、

先の提出日に発熱。

どうしていつもこうなのか。

最後の提出日があるから大丈夫と思っていたけど、
熱は下がらず。

友達に連絡して、車を出してもらい、
突然、卒論のコピーをとっていなかったのに気付き、
コンビニで、コピー作業を手伝ってもらった。
確か、原稿用紙50枚くらいだったと思う。

そして急いで、学校に向かい、
締め切りまで1時間を切ったところで提出。
・・・もうホッとするあまり
その場で膝が崩れる。

そんなことがありました。

友達ってありがたいものです。
今も忘れられない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

別の友達と、昨日ランチをしたところ、
この友達も、ある会の役員をすることになったと
知りました。

この友達もある持病があり、
決められた時間に飲む薬が手放せないのですが、
「大丈夫?できる?」と聞いたところ

「まあ~、回ってくるものは・・・仕方ないし。
 何かあったときはダンナにも頼めるし、
 何とかなるでしょ」

とわりと明るい。

「引継ぎは本当は4月だったんだけど、
 今のうちにやれることはやっておきたいと思って、
 前の人に頼んで、引き継ぎをしてもらった。
 もう、提出する書類も作っちゃった。

 何があるかわかんないから。
 体調のいい今のうちに」

・・・やっぱり考えることは同じだ。
体調・体力に自信がないと、普段から色々あせります。
この年になれば、地域の仕事も色々まわってくるよね。
誰にだって、健康な人にだって他の事情はあるし、
やれることはがんばってやっていこうかと
励ましあったりした、長いランチでした。

とある会館に用事で行ったが、早く着きすぎて・・・
別室で中国展みたいなものが催されている、
と案内で見たので、
そお~っと入り口から覗いてみたら。

「どうぞお入りください」

と、笑顔で迎えられた。

篆刻や、小物などが壁や小机に飾られていて、
真ん中にテーブル席。

「お茶はいかがですか?」

と、座るように勧められる。

出てきたのは・・・
小さな小さな空のお茶碗がひとつと
お茶の入った小さな細長い筒の茶碗がセットになって
楕円形の茶托にちんまり乗っている。

お煎茶道用の茶碗よりさらに小さい。
おままごとみたいに可愛らしい。
細長い茶碗の中には、黄色っぽいお茶が入っている。

お茶を運んでくださった学生さんみたいな男性が
「飲み方・・・ワカリマスカ?」

あっ、中国の方?
日本語が少したどたどしいけど、充分わかる。

「わかりません・・・この空の茶碗はどうすればいいの?」

「空の茶碗を細い茶碗にかぶせて、エイッとひっくり返してクダサイ」

ちょっとびっくりする。
おそるおそるやってみる。
筒の茶碗に入っていたお茶が全部、空だった茶碗に一気に移る。

「筒の茶碗のにおい、ちょっとかいでみてクダサイ」

ツンとするにおいがする。
日本茶の香りとはやっぱり違う。
ひっくり返したら、かいでみるのが作法?

「そしたら、お茶をどうぞ。お菓子もアリマス」

お茶を頂くと、香りほど味はツンとはしてなくて、
さらっとしてて爽やかで飲みやすい。

「おいしいデスカ?」
中国人男性はにっこりする。

「・・・おいしいです!何と言うお茶ですか?」

「ウーロン茶デス」

「え!・・・ウーロン茶って、茶色いものだと思ってました」

「ウーロン茶にもいろいろアリマス」

目をきょろっとさせて微笑み、他の方へのお茶を準備している。
そうだよね。日本茶だって、緑茶も番茶もあるし・・・
頂いたウーロン茶は、いつも飲んでいるものと、
味も色も香りも違っていた。

お菓子はひまわりの種とか、にんにくを加工したものとか、
尋ねることができなかったけど、緑色の丸いものとか
色々ありました。

待ち合わせの時間が来てしまったので、お礼を言って失礼する。
もっとゆっくり頂きたかったけど。

中国のお茶は、ダイナミックだなあ。
器をひっくり返すとは。
面白い!器もハマってしまいそうなほど、かわいい。

どうぞお持ちクダサイ、とくださったお菓子。
どんな味がするのでしょう?

干し棗?

小さな漢字が原材料を表わしているようですが、
日本にはない漢字のようで、読めません。
でも「棗」に似ている字がありました。
干しナツメでしょうか?


とある公共施設で、長時間打ち合わせをした。
最近暖かい日も多くなってきているというのに、
足がだんだん冷えてきた。

あまりの冷えに、行儀が悪いがスリッパを脱ぎ、
手で足先を包んで暖める。
足の冷えは、私には鬼門なのだ。
スティルになる前の異常な冷えに懲りている。

最近の暖かさに油断して、
ひざ掛けを車におきっぱなしにしてしまった。

スリッパもビニールであるが、
床材もおそらく「ビニール床シート」というものである。
つるつるツヤツヤの床で、公共施設や病院によくある感じの。

ひざ掛けがあったとしても、
おそらく足先からの冷えは防げなかったと思う。
じっと座っていたので、余計に悪いとは思うけど。

ビニールは多分、体に優しくはないんだな。
そういえばパイプ椅子の座面もなかなかクルわ。
座る場所って、健康にけっこう影響するかも。

なんかもう、ひざ掛けだけじゃなく
暖かいスリッパも持参したほうがいいかな。
「おばちゃんは荷物が多い」とか言われるけど、
こういう事情で増えていくのかな。
でもひざ掛けですら、持って歩いてるのは
自分だけだったりします。

今もこの季節になると思い出す話がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の家の前には、ずーっと続く桜並木があるのだけど、
冬の底冷えがなくなる頃になると、
まだ桜はつぼみもつけてないように見えるのに、
木の枝がぼわーっと紅く、染まって見える。

そんな時期。

出典は覚えてないのだけど、
志村ふくみさん(染織家)のご著書で
「梅の花の色を出したくて、お花をいっぱい集めて
 布を染めてみたけど、梅の色は出なかった。

 そこで花が咲く前の梅の枝(三百本か三千本か?)を
 使って染めてみたら、見事に梅の色が出た」

というお話。

うろ覚えで無責任な要約ですが、
とても驚いたので、覚えているのです。

検索で調べると、この話は「梅」ではなくて
「桜」のお話のようですが、
私が読んだ記憶では「梅」だったように思うのです。
でもおそらく「桜」の方が正しいかと・・・

志村さんは草木染めをなさる方なので、
どちらも染めていらっしゃいますが、
あいまいな記憶で、ごめんなさい。

花は咲いた時点で、もうすでに色のエキス(?)を
出し切ってしまっているので、
咲く前の枝に、元気な色のエキスが眠っているのでしょう。
まだつぼみも出ない時期の枝かもしれません。
「さあ、花を咲かせるぞ!」という準備の時期の枝。

家の前の桜もそういう時なので、
花を咲かせる前に、香気のようなものが
立ち上っているのかもしれません。

冬の間は固く閉じこもって見える桜が目を覚まし、
樹全体が紅く燃えるように見えてくると
このお話をいつも思い出すのです。



お友達にお茶会(今回はお抹茶)に招待され、
気持ちだけですが、水屋見舞い持参で伺う。

ひなまつり茶会。

お茶20倍

お、今回は袴をはいた男性もお茶を運んでいらっしゃる。
最近は男性が増えてきたように思う。
ビジネスの関係や、建築家(お茶室の設計の勉強の為)の方、
陶芸家、お茶室でのんびりしたい方、色々な世界の方々。

しかし、お茶室でのんびりできるのは、
・・・けっこう遠い道のりだったりする。

畳の歩き方を習い、礼のしかたを教わり、
お菓子の取り方、茶扇子の扱い・・・

お茶を飲むだけではなかったりする。

その上男性は、若くても習い始めたばかりでも、
お茶会では正客
(乱暴に言うと、お客様の中で一番上座に座る人・お役目多し)
の席に座らされてしまう可能性が大きい。
勉強にはなりますが、厳しいですね。
このプレッシャーは、女性の比ではありません。

ところで、こんなことを言うのはナンですが、
男性が茶席に座ったり、お点前をすると
席がなぜだかビシッと締まる。
・・・どうしてだろう・・・
そして、女性ばかりのときより華やかになる気がする。

それはそうと。

昨年と同じく、「私の点てたお茶を飲んでね♪」
と友人にすすめられ、
正客の席に座るのは気後れしながら、座る。
正確に言うと、正客の席を含めふたつ空け、三客の席だけど、
おそらく場所的に、畳を突っ切ってまで、
私より前に座る人はいないだろうと
卑怯な目論見。

席でお点前してくれる友人のお茶を頂くには、
先頭の席に座るしかないのだ。
・・・でも座る度胸などない。
私がもう少し年配で、風格があれば、説得力があるのだけど。
全然ないので。

世間から見れば、けっこうな年だけど、
お茶の世界では50代でも若い方だから。

そして芳名帳に名前を書き、
続々と私の横に座りだす年配の女性たち。
「・・・うわ~、私、ヒンシュクかってないだろうか」
と気もそぞろ。
でもやはり、畳を突っ切って、正客の席に座る人などいない。
私のセコい目論見は当たった。
正客の席に座らずして、友人のお茶を頂けた。

友人のお点前が終了、後見さんのご挨拶もなごやかに終わり、
さて失礼しようと思って、茶扇子や懐紙を片付けていたところ、
視線を感じる。

横を見ると、連客さん一同が、
正座を崩さずに私を見ている。

「あっ!もしかして正客の挨拶を待って・・・」
(正客じゃないけど先頭)

あわてて膝を繰って(くって)
「・・・お高い席から失礼いたしました。
 ありがとうございました」

と、うろ覚えながら、
お正客役のお稽古でしか言ったことがない言葉を口にして、礼。
みなさんも礼を返してくださる。

大寄せ茶会は、隣り合うお客が見知らぬ人同士も多いため、
後見さんのご挨拶が終わると、
さっと身支度してお帰りになってしまうことも多い。

極端なことになると、お点前途中でも
お茶を飲み終わったら、すぐに帰ってしまう方もいらっしゃる。
(これはお点前してる人からすると、実は寂しい)
時間がなければしかたないが・・・

今回はたまたま、先生のお知り合いのような方々と
同席になったらしく、
最後まで改まった席になったようだ。
私は大寄せ茶会でも下座に座ることが多いが、
お客同士での全員の挨拶は記憶にない。
大体、お客同士は正客に挨拶せずに
三々五々、帰ってしまうのが普通だ。

冷たい汗が背中を伝った気がする。

本当なら、私の挨拶も言葉が足りない。
でもあんまり若輩者がゴタゴタ言うのもクドイしなあ・・・
慌てていたので、本来なら膝の前に置く茶扇子も出さないで
(すでに仕舞ったあとだった)
手をついただけだった。

今回、私は連客さんによって、初めての経験をした。
どんなときもドギマギしないで、堂々とできるようになるには
また恥をかいていくしかないのか。
「本番はお稽古の二十倍、身になる」というのは
本当である。

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