FC2ブログ

プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


カレンダー

01 | 2009/02 | 03
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

最近の記事


カテゴリー


月別アーカイブ


最近のコメント


FC2カウンター


前回書いたお茶会にて、ある奥様から突然
小さな声で尋ねられた。

奥様と私、ふたりだけになった楽屋(?)・・・じゃなくて
控え室にて。

奥様「・・・ねえあなた、間違っていたら申し訳ないのだけど、
   『膠原病』・・・って・・・」

ちょっと驚いたけど

トリル「・・・はい、そうです。・・・何でご存知なんですか?」

どこからか噂でお耳に入ったらしい。
まあ、私は救急車で運ばれたし、親もこの地に長いこと住んでるし、
そんな話題になることもあるでしょう。

奥様「ああ、やっぱりそうだったの。
   ・・・実は私も膠原病でね」

トリル「えっ!そうなんですか~。
  今日は大丈夫なんですか?
  それで、膠原病の何と言う病気ですか?」

奥様「・・・それがね、これという病名はついてないの。
   お医者様に『膠原病に近い数値が出ている』とか何とか言われて」

よくわからないけどおそらく「診断基準に満たないが、
膠原病系を診断する数値が上がってきている」と、いうことらしい。

最近調子が悪いので、今年のお茶会は着物を着て茶席に出ずに
控え室担当にしてもらった、と奥様はおっしゃる。

奥様「まあ~、着物を着るのもやっぱりおっくうでね。
   着ることを考えるだけで疲れてしまって」

トリル「そうですよね。気力がないと、なかなか準備も大変ですよね」

何となく、慰めあう雰囲気になる。

奥様「それでね、この病気って見た目じゃわからないことも
   多いみたいでしょう。
   膠原病って説明してもよくわからない人も多いし。
   私だって最初『高原病?山なんか行ってないわよ。何それ』
   って思ったの。
  『高山病』と間違ってたのねえ~(笑)」

トリル「あはは、私の親も最初に聞いたときはそう思ったらしいですよ。
  『何で高原?』って思ったって」

奥様「まあ、ショックもショックで、治らないって言われるし、
   体はだるいし、誰かこの気持ちをわかる人がいないかと思ったら
   あなたがそうだっていう話を聞いたものだから・・・
   ・・・ごめんなさいね」

疲れやすいので、一日に予定を入れるのは、ひとつだけにして、
前後二日間はなるべく空けて、無理はしないようにしている
と私が言ったら、
「私もそうよ」と奥様は笑う。

人に会うときは元気な態度で明るくしている、ともおっしゃる。

トリル「家事も、できるときにやれることはガーッと一気にやって
  やれないと思ったときは、寝てるんですよ」

奥様「私もそうよ。でもやっぱり見た目が普通だから
  『なまけ病』って思われるみたいで。
   ・・・それがつらいわね」

日によって体調はずいぶん違うので、そう思われることも
あるかもしれない。


奥様は、おそらく私と同じスティルではないと思うけれど、
疲れやすいだるい、先々不安」
と、膠原病の人とうなづきあって、
少し心が軽くなったような気がした。

「同病相哀れむ」って好きな言葉じゃないけれど、
自分だけじゃない、とか
自分の症状を同じ状態でわかってくれる人がいるのは
やっぱりホッとする・・・と思った、控え室でのヒソヒソ話でした。

スポンサーサイト

タグ : スティル だるい 疲れやすい

イベンター

また今年も恒例の、お煎茶の大寄せ茶会のお手伝い。
とは言っても、煎茶道のことも全くわからないので、
裏方のさらに裏方である。

着物を着て、表舞台(茶席)に出ているのは一部の人で、
見えない裏には、もっと人があふれている。

意外とお点前をする人というのは、入門間もない人も多く、
それより重責なのは、後見とか席主と言われる
主に挨拶をしたり、点前をしている人のフォローをする人。

お客様に道具の説明をし、座を和ませる話をし、
足が痛くて正座ができない人のために、座椅子を用意したり、
点前をしている人のアクシデント
(お湯をだーっとこぼしたり、道具を落としたり、
 お点前をど忘れした人に、そっと教えたり)のフォローをし、
茶席の中がすべてうまくいくように、神経を遣っています。

正客のご挨拶にもおこたえし、臨機応変な対応を迫られる
もっとも大変なポジション。
道具の名前(銘)は全て暗記です。
これはベテランの仕事。

裏の水屋は静かな戦争で、
お運び分のお茶を用意、お菓子も盛り付け、
お湯をどんどん沸かし、茶碗を洗い、温めて。
表の席に聞こえるといけないので、
物を言わずに、息の合った連携プレーです。

私は裏のさらに裏で、
お点前やお運びをする子どもたちのお世話で、
着物や髪やお顔を直したり、
(ちょっと唇に紅を差したりね)

お昼の休憩に来る人のお弁当を用意したり、
お茶をいれたり、ちょっとつまむお菓子やみかんを出したり、
水屋見舞いに来てくださる方々の接待をしたり、と
表からは全然見えない仕事をします。
楽屋仕事っていうのでしょうか?

その他、受付の仕事をする方もいますし、
お茶席は大勢の人の仕事で成り立っています。

これの総指揮はお茶の先生ですが、
いつも思うことは、お茶の先生ってご高齢の方も多いのに
どうしてあんなに体力気力があるのだろうと。

お茶席ひとつでも、用意するのには、
けっこうな準備期間がいります。
毎年違う趣向も考えなくてはならないし、
道具もいっぱい運ばなきゃいけないし、
手伝いに来る人への心遣いもしてくださいますし、

先生の先生もいらっしゃるので、
対応ももちろん必要だし・・・
私が総指揮だったら・・・と考えているうちに、
気が遠くなりそうです。

季節の気の利いたお花の手配もね・・・
季節に合ったお菓子の発注とかね・・・

それをさらりとこなしてしまう先生がた。
すごいイベンターだと、いつも思います。

縫い物が好きな自分といえど、
何の下地も知識もなく、着物を縫うのは難しい。

和裁なんて、浴衣も縫ったことがないのだ。
学校でもやらなかった。

スティルになる前に和裁の本を買った。
これがまた専門的で、頭がクラクラする。
多分、ある程度和裁の勉強をした人用だろう。
本を間違ったようである。

でも、和裁の基本は直線縫いなのだ。
袷(あわせ)は裏もつけるので、
まっしろしろの素人にいきなり挑戦は難しいが、
単(ひとえ)なら、何とかできるのではないだろうか?
最大の難関は、曲線がある「襟」だと聞いている。

スティルになる前、
ある茶事(懐石、酒、濃茶、薄茶のフルコース)
に参加させてもらえることになり、
着物用のエプロンが必要となった。

お客側ではなく、もてなす方である。
何もかも正式にやるが、勉強会の意味合いが強かった。
私はもてなす方は初めてなので、ドキドキだった。

それで料理を準備のかたわら、お運びも振り分けてするので、
すぐに外せるようなエプロンが欲しかった。
いわゆる「割烹着」ではなく。

普通の割烹着は首の後ろにボタン、
腰にヒモという形が一般的ではないだろうか。

・・・しかしそんな悠長に、
二ヶ所も止めたり、外したりなどしていられないのだ。
私はこの場合新人で、右も左もわからないのに、
着ているものにモタモタしていられる身分ではない。

マジックテープで、一発で取り外せて、
ちょっと人目についても、一瞬「着物?」
と見間違えるような柄がいい。

形も着物がいい。
裾も着物の丈、いっぱいまで欲しい。
着物も帯も外に出ず、全部隠れるデザインがいい。
お点前の前に、料理をしていて
襟に何かはねたりしたらいやだから。
それに、前開きがいいのだ。
もちろん、袖にはゴムが入って。

しかし、そんな都合のいいデザインのエプロンなんて
どこを探しても売っていなかった。

だったら自分で作ろうと、和裁の本を買ったのだった。

和裁には洋裁にない特徴があった。
「きせ」
縫い目が見えないように、つなぎ合わせる布のどちらか、
あるいは両方を、5ミリほど縫い目に被るようにする。

きせるので「きせ」なんだろうな。

着物ってすごくうまくできてる。
女性の着物には「繰り越し揚げ」という部分が背面にあるが、
衣紋を抜く関係で、
丈的に余分になった布を切らないまま、縫いこんである。
これがあるから、
着物の前後を入れ替えて、また同じ身丈で仕立て直せるらしい。
最初からリフォームを計算に入れて、設計されている。

誰が考えたんだか、日本人の知恵というか・・・
かっこいい!

着物は、四角い布に切り込みだけ入れて、
うまく縫い合わせ、着るものにしている。

だから、洗い張りするときなども、ほどいて、つないで
一枚の反物に戻るのだ。

これを知る前は、実は前の襟の三角のところなど、
切り取ってあると思い込んでいた。
余分は襟の中に縫いこんであると、自分で着物の形のものを
初めて作ってみて知った。
袖下の丸みも、縫い縮めてあるだけで、丸く切っていない。

お下がりや古着などで、おはしょりを作れない短い着物は
対丈(ついたけ)になるように、内側に縫い込んだり、
おはしょりがどうしても欲しければ、
なるべく下の方で腰紐を締めるか、
着物の帯で隠れる場所を切って、
別の似た布を足し、長くできる。

長すぎる着物は、着付けのときに、
腰紐を上下二ヶ所にすることで、
おはしょりの長さを調節でき、どうにでもなる。
(裄だけは、着付けだけでは何ともならないが)

帯の下には色んなワザが隠れている。
たった15センチ幅ほどの帯の下で、着物の辻褄は合わされる。

エプロンですが、初心者らしく
「襟がヘタ~。やっぱり難しいでしょ」
と母にダメ出しされましたが、
不思議なことに、
着てしまうと意外とわからないものなのです。

着物を着ていた昔だって、
裁縫上手な人ばっかりではなかったはず。

普段着はきっと、
自分で何とかがんばって、縫っていた人もいるでしょう。
適当に最低限のお針で済ましてしまう人もいたはず。
多少のアラは、昔の方が気にしなかったような気がするんですよ。
何となく。

着物のエプロン
役員の仕事も
年度末が近づき、大詰めというところで
体調を崩してしまった。

大会に出席したり、バザーをやったりなどでしたが、
終わったら気が抜けたのか、頭が痛いし体がだるい。

だるくてだるくて、関節が抜けそうで、気力もわかない。

しかし、また週末にイベントがあるし、
根回しなんかもしなくっちゃ
なんて考えていたところに、発熱39.7℃
体温計を見て、目を疑って、余計に具合が悪くなる感じ。

時期が時期だけに
「インフルエンザ?」と疑いましたが、
「いや、もしかして、スティル再燃・・・とか?」

発熱自体は2007年の6月に39.5℃が最後で
それ以後、何となく平和に暮らしてきました。

病院に行こうか・・・と思いましたが、
インフルエンザじゃなかったら、
かえってウイルスを病院でもらったりするかも
と、二の足を踏み、

ちょっと様子を見て・・・なんて思っていて、
夜中にお手洗いに行こうとしたときに
部屋を出たところで、ふらっときて転倒。

自分は、転倒したことは覚えているのですが、
そのままどれくらいの時間かわからないけど
失神?してしまったようで、
真っ暗な中、気付いたときにおぼろげに見えたものは
どうやら天井のようで。

「何・・・?うっそお・・・」と思いながら、

そのまま這ってお手洗いまで。
ずるずる這っていたら、暗闇から「トリルちゃん!?」

母が、出てきた。

「大きい物音がしたから、ドロボウかと思った・・・
 大丈夫?転んだの?」

夫は出張中でいなくて。

立ち上がったら、背中を支えてくれた。
「大丈夫だよ・・・」と言って、お手洗いへ。
派手な音で起こしちゃったか・・・

お手洗いで用を済ませたけど、まためまいで気分が悪くなり、
「でも部屋に帰らなきゃ」
と、立ち上がって衣服を整えたところで・・・
記憶が途切れる。

ハッと気付いたら、便座に頭を乗せた状態で、
まだお手洗いにいた。

「もしかして私って、また気絶してたの・・・?」
でも何だかめまいは少しおさまったような。

そのときは、わけがわからなかったし、
どれくらいの時間だったのかもわからないけど、
部屋には歩いて帰った。

次の日、「トイレでまた転んだの?」と聞かれる。
「どうして分かったの?」と尋ねたら、

「トイレのストーブが壊れている」
と。

倒れてストーブを蹴飛ばし、壊してしまったようだ。
父が脳梗塞のため、、気温の差が良くないので、
お手洗いには小さな電気ストーブが置いてあるのだ。

ストーブを壊すほどの衝撃だったらしいのに、
全然覚えてないとは・・・
スイッチが入ってなくてよかったけど、
一晩に二度の失神がけっこうショック。

それに、頭を壁や床や便座で強打したりしてないんだろうか?
酔っ払いがグニャグニャで、意外とケガをしないように、
ふうっと倒れても、けっこうケガはしないものなのかな。

今回は喉は全然痛くなくて、
熱が高いわりに
あの、初めてスティルになったときのように
歯が鳴って止まらないほどの急激な悪寒はなく、

体も関節がだるいけど、あのときのように
筋肉が痛くて自力で起き上がれないということもなく、
汗をびっしょりかいても、自分で着替えもできて。

インフルエンザを疑って、部屋を隔離してもらったけど、
誰にもうつらず、どうやらインフルでもなさそうで、

何だったのか、今でもわかりません。
食事がのどを通らなかったので、
倒れたのは貧血もあると思いますが。

もともと赤血球が少ないと昔から言われておりますので、
やはりこういうときは弱くて、情けなくなるときがあります。

今回は熱で、
スティルのときにつらかったことをはっきり思い出し、
久々にゾーっとしました。

スティルに比べれば楽でしたが、
「再燃だったらどうしよう、耐えられるだろうか」
と、それが本当に不安でなりませんでした。

熱が出たりは本当に少ないのですが、
いったん出ると、すごく高くなってしまう癖がついたようです。

前に処方された座薬(ボルタレンサポ)
を使っちゃおうかな~と思いましたが、
すでに期限は過ぎており、処分した後でした。
(以前、『きちんと保管してもせいぜい半年!』
 とドクターに注意された)

いったん自然に36℃台に下がって、
また38℃を超えたところで、バファリンをのみました。

今はまだ体力が戻らず、無理ができない状態ですが、
日常生活にぼちぼち復帰しています。
本当に健康ということは、何にも替えがたく
ありがたいことだと・・・しみじみ思います。

体調を悪くすると、スティルを基準に考えてしまい、
「あっ、でもあれに比べたら楽かも」
とか思って、何だか変な意味で強くなったのか(?)
私にとっての最悪が、やっぱりこの病気だったのだと思います。

余談ですが、失神した後、意識が戻るときっていうのは、
睡眠後と違って、急に、本当に明かりがついたように
パッと戻るものなんですね。
「はっ!ここはどこ?」って、マンガみたいな感じです。

タグ : スティル

 | BLOG TOP |