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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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友人に「ダンス見にこない?」と誘われ、
「行く!」と即答して、チケットをもらった。

ブーケを持って会場に近づくと、長蛇の列。
会場に入ってたら、立ち見の人まで。

・・・どんな規模の発表会?

ジャズからブレイキングからヒップホップまで、
小さな子からお兄さん、お姉さんたち、舞台いっぱいの出演者たち。

オープニングで花火バーン!!!

おぉ~!!!

一度始まったら、
アナウンスもなく、音楽をつないで次々披露されるダンスに
息を飲む。

小学生や小さな女の子のダンスに、涙が出そうになったり。

15歳くらいの少年たちの、舞台前方ギリギリまで出て
ちょっと照れながら観客を煽りまくるブレイクダンスに
「照れないでがんばって!」と心の中で声援を送ってみたり。

定評があるのか、さすがに立ち見まで出るだけある・・・
楽しくて、熱気にあふれていて、振付もカッコよくて。

・・・・・・・・

この夏はダンスづいていて、
コンクールを見に行ったり、
役員の仕事でダンスフェスのスタッフをしたり、
ちょっと忙しかったけど、華やかだった。

コンクールは、踊ったその場ですぐ
点数があちこちのディスプレイに表示される形式で、
「何て恐ろしいシステムだろう」と思ったけど、
こんな試練を乗り越えて、
選ばれた少女たちはプリマになっていくのか。

フロリナ、キューピッド、オーロラ、ドルシネア、キトリ・・・
次々に現れては、点をもらって舞台袖に入っていく。

ホワイエに出れば、楽屋に入りきらないのか、
メイクをした子、まだしてない子、
きらびやかな衣装をつけた上にジャージをはおり、
薄暗い階段近くの手すりをつかみ
足を高々と上げて、ウォーミングアップをしている。

自分に集中しているのか、目は何も映してないように見える。
出場前のひとりだけの緊張感。
その姿は、ひょっとしたら舞台より美しいんじゃないか、
といつも思う。

私がカメラマンだったら、このシーンを撮りたい。

・・・・・・・・・・

生のダンスをいっぱい見て、少し元気が出たような気がする。

友人からジャズやヒップホップの音源を紹介してもらったし、
発表会のビデオも貸してもらったので、
ちょっとできそうなものを踊ってみることにする。

まねごとだけど。
もちろん、ひとりでこっそり。
何か、学生のときの体育祭を思い出すな~。

ウォーキングしてみようかな?と思っていたけど、
紫外線が怖いし。
夜は夜で車に轢かれそうだし。

ダンスは見ているだけでも、元気が出る。
だったらいっそのこと、見ながら一緒に踊ってしまえ!
筋肉増やして、代謝を上げていこう。
病気に「スネ」てる場合じゃない。な。

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病気に「スネる」ということ1
 ←以前書いた記事

で、友人が腕の内側を手術したことを書きましたが、
病名は

「血溜腫」でした。

勘違いで「骨ナントカ」と書いてしまって、
ごめんなさい。

友人は昨年の暮れに、どうにも腕の痛さをこらえきれず、
見た目にも腫れてきたので、病院へ。

そしてその病院のドクターに
「ここでは処置できないので、別の病院に紹介状書くから」
と言われ、

紹介された先は何と

「がんセンター」

・・・・・・・・・・

近くの有名な基幹病院をすっ飛ばし、
いきなり「がんセンター」を紹介されたことに
私はびっくりした。

こういうことって、よくあることなんだろうか?

細胞を検査したところ、幸い良性だったということで、
切らずに薬でごまかしていこうか、という方向も提示されたという。

しかし友人は、こんな痛みと20年つきあってきて、
もう冷やしたり、温めたり、クーラーの冷気を気にしたり、
鎮痛剤を飲んだりすることがすっかりイヤになっており

「切ってください」

と頼んだと言った。

最初に痛み始めたとき、病院に行ったけれども
当時はまだMRIがなく、CTのみの撮影だったという。

しかし、CTでは患部の状態がよくわからず、
緊急性もなく、がまんできないほどの痛みではなかったため、
鎮痛剤でごまかす日々だったとか。

友人は、手術ですっきりするのなら、と
「切ってください」と頼んだものの
ドクターは、実はあまり手術に乗り気ではなかったという。

腕の内側は、細かい神経がたくさん集まっており、
患部の状態によっては、切ったことによって
神経を傷つけ、後遺症が残る可能性がある。
とおっしゃったそうだ。

友人はそれを聞いて、
「・・・少し迷ったけど、
 こんな状態でこれからもずっといるのがイヤだったから」
と、多少の後遺症は覚悟で、手術に踏み切った。

それが今年の6月だった。

そして最近。

「術後のMRIを初めて撮るんだよー。一緒に来る?」

と友人は私を誘った。

変な話かもしれないが、私は主治医ドクターKを探している。
スティルで入院したときに、私を診てくださったドクター。
退院後、一度診察に来るように言われ、
順調だったらもういいよ、と言われていました。

その後、スティルの症状というより、
リウマチのような痛みだけが出てきて
そのため私は整形外科にバトンタッチされていました。

それでしばらくドクターKの神経内科にごぶさたしていたところ、
ドクターKは病院を退職されていたのです。

ステロイドプレドニン)が最初、全然効かなかった私のスティル
ステロイドパルスをするかしないか、ギリギリのところで判断し、
結局しないことに決め、
病状が好転してきたところを見計らって、
ステロイドを慎重に、でも確実に短期間で切ってくれたドクター。

今、思えばですが、薬の減量が上手なドクターだったと思う。
ステロイドの減量は、本当に難しい。

そのことを前にチラッと友人に話したとき、
私がスティルという難病になったことに驚き、
主治医がいなくなったことで
心細そうだったのを気にしてくれていたのか、
今回「一緒に行く?」という話になりました。

「このあたりの病院にいるかもしれないよ?
 がんセンターには内科もあるから」と。

「MRIを撮ったら結果をすぐに知らせてね!」
と前に言ったこともあり、
一緒に行くなら、すぐ教えてもらえて安心できると思ったのですが、
私はどうしても外せない用事があり、一緒には行けず。

でも診察が終わったあとにすぐ電話がかかってきて。

「大丈夫だったよー!」

と明るい声で。

・・・ホッとした。
後遺症もなくて、本当に良かった。
大きな手術痕の経過も順調だったと言った。

「でね、診察を待ってる間に
 内科のドクターたちの名前を見てきた。
 残念だけど、・・・ドクターKの名前はなかったよ。
 でもこれからも他の病院にも行ったら、
 名前を気にしておくよ」

・・・ありがとう。
何て言ったらいいかわからないけど、
病気は人ごとじゃなくなってて。

友人はめったに弱音なんか吐かなくて、
私が一方的に甘えてるだけかもしれないけど、

何か・・・ありがとう。





タグ : スティル プレドニン ステロイド

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