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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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煎茶道の先生のご縁で、七夕茶会のチケットを頂いた。
七夕茶会は文化協会の関係か、よくわからないけど
お抹茶で会は開かれる。

私はお抹茶の方がなじみがあるので、正直嬉しい。
昨年も出席したので、これで2回目である。

先生に頼まれて、
2月末の煎茶会でご縁があった女の子ふたりに浴衣を着せ、
髪もかわいく結って、一緒に連れていった。

女の子たちは、履きなれない下駄で一生懸命歩く。
浴衣を着た子をふたりも連れていると、目を惹くらしく、
後ろを振り返ると、年配の奥様がたが目を細めていらっしゃる。

ふふふ、可愛いでしょう。
なぜか内心得意になる。
・・・何かもう、着飾った女の子たちを連れて歩くのが、
クセになりそうな・・・

着付けているときは、手持ちぶさたで退屈そうにしているけど、

「終わったよ。鏡を見ておいで」と言うと、ダッと走り出し、
鏡に自分の姿を体をひねりながら映して、
パアッっと顔を輝かせるのを見るのが・・・
私の幸せかもしれない。

茶道をやっている子どもは(普段の様子は知らないけど)
茶席ではものすごく礼儀正しいのである。
稽古は優しく教えるが、行儀にはとても厳しい。

「まだお点前が始まらないから、正座はいいから楽にしてなよ」
と言っても、習慣なのかなかなか崩さない。
やっと崩したと思ったら、くるりと後ろ向きになって、
足を伸ばしている。

これは先生が教えたんですね。
席の方々に足の裏を見せないという。

浴衣では普通、足袋は履かないけど、茶席では履く。
(踊りの方たちも履くらしい)
汚すといけないので、茶席に入る直前に履いてもらった。

席の飾りは笹に短冊。
梶の葉。
くだものなどのお供え。

梶の葉に関しては、ちょっと思い出がある。
茶道をやっている友達に頼まれて、梶の葉を探し回ったのだ。
そのときは正直、「梶」なんて聞いたことがなかった。

「何に使うの?」と聞いてみたら、
「夏に水指の蓋の代わりに使うんだよ・・・
 あと、七夕のときの飾りに・・・って、
 トリルのところの流派は使わないの?」
「使わ・・・ないと思う。やったことない」

お互いにびっくりしたけど、
「無ければ、葉蓋は里芋の葉でもいい」ということで。

七夕の朝、里芋の葉に乗った朝露で墨をすって、
短冊に願いごとを書くと字がうまくなる、
という伝説は聞いたことがある。

茶道は季節の行事を最重要視するので、
習っていくうちに、季節のことはだんだん覚えられる。

里芋の葉は葉蓋に使われるだけみたいだけど、
(露を乗せて、これがまた涼しげ・・・一回お点前を見せてもらった)

梶は葉蓋にも使われ、また、飾るときは歌や願い事が書かれるのだ。
昔、歌や願い事は短冊ではなく、梶の葉に書かれていたそうである。

実際、書いてみた友達によると、本当は葉の表側に書きたいが、
墨がすべるらしい。
裏側は毛が生えていて、墨がよく乗るそうだ。

茶席ではお点前が始まる。

お菓子は今回3つずつ運ばれてくる。
器の中を暑苦しくしないような配慮だろうな、と思った。
だいたい5個のときが多いから。

中のあんが透けて見えるうす紫の葛菓子。
金箔が乗っている。

「これが星だね?」
と小さな声で、子どもたちが嬉しそう。
食籠(器)まで冷たく冷やしてあって、
席主さん方の心遣いが伺われる。

今回は大人数のわりに厳粛なムードの茶会だったけど、
ひとつだけ残念なことがあった。

隣に座ったグループの子どもたちのお行儀が。

立て膝で座ったり、騒いだり、落ち着かなかったのだった。

でもこれは大人がいけない。
きちんとたしなめないと。
連れてきた大人は、結局何の注意もしなかった。

主催者側になったことも、お客さん側になったこともあるけど、
こんなことは初めてだった。

席主さんや亭主さん、水屋さんたちが一生懸命作り上げた空間を
ちょっと来て、ぶち壊しては・・・いかんよ。


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病気に対するスタンス。
私の病気。成人スティル病

最近、久しぶりに会った友人が

「これ」

と言って、腕の傷を私に見せた。
半そでだけど、見ようとしなければ見えない腕の内側。
腕の付け根からひじのあたりまで
ざくざくと縫ってある、まだ赤い大きな傷跡。
「何針」って数えられそうな、生々しい縫い目。

思わず目を見開く。

トリル「・・・なっ、何?・・・どうしたの?!」

友「二週間前に抜糸した」

トリル「・・・じゃなくて、何でこんな大きな・・・」

友「20年前くらいから違和感があったんだけどね。
  ずっと放っておいたんだよ。
  でもガマンできなくなって、病院で診てもらったら、
  『ここでは対応できないから、違う病院で診てもらって』
  って言われて」

正確な病名は、申し訳ないけど覚えていない。
覚えていないということは、聞きなれない病名ということだ。
「骨ナントカ・・・」みたいな名前だったと思う。

「今度会ったときに、手術の話を聞かせてあげるね。面白いよ」
と言っていたから、そのときにもう一回聞いてみる。
でも思わず
「面白いって・・・!面白くないでしょう?怖かったでしょう?」
と言ってしまった。

でも友人は

「開けてみたら思ったよりひどくて、予定以上に切られた」

と、あっさり笑う。

心配する私に

「もう大丈夫だよ。それよりトリルは大丈夫なの?
 再発とかないの?」

と私の心配をする。

「再燃」という言葉は浸透していなくて、
やっぱり「再発」が一般的なのですね。

でもこの

「もう大丈夫だよ」

という言葉に、私はやられてしまった。

何て強いのかって。


今の医学で、「切る」というのは最小限になってませんか?
うちの父親の肝臓の手術でも、ほんの少し穴をあけて
そこから管を入れて、焼いたりした。
(うちの父親はそれでも「痛い痛い」と大騒ぎだったけど)

盲腸などの手術も、前より傷はずっと小さくなってるはず。

私は外科手術をしたことがなく、よくわからないのですが。
ここまで切るって、大変なことなのでは?

病気は違えど、「大丈夫だよ」って私はまだ言えない。
きっと死ぬまで不安と闘う。
痛みで身動きできなかった、トイレすら自力で行けないあの痛みが
また再現されるかもって。

多少の無理はしても、慎重に慎重に暮らしている。
でも。

「すっごくつまらない」と思う日が最近増えているのは事実である。




タグ : スティル病

失神幹事2

前回の続き。
文章に若干の重複がありますが。

最初にして、最大のアクシデント。

出席者は最初に、用意した紙に名前や連絡先など、
他に、二次会出席かどうか、
お酒を飲まない人は車を出してもらえるか、
郵送する名簿に、頂いた情報は掲載して良いか、
などを書いてもらうのだけど、

「どうしてこんなもの書かなきゃいけないんだ。
 まあデタラメ書いておけばいいか」

と言った男がいた。

ここで私はムッとする。
この紙のフォーマットを一生懸命作ったのは私である。
色々盛り込んだので、けっこう時間がかかった書類だった。

そして、席を決めるくじ引きをしてもらうのだけど、

「バカらしい」

とこの男は吐き捨て、
別の女子幹事が差し出したくじの箱を無視していった。

仕方がないので、男子幹事がなだめて一枚渡すと、
それを目の前で放り投げ、
一緒にきた男子の隣に勝手に座ったのである。
書いてある数字も見ずに。

ということは、
その場所のくじを引いた人は席がなくなってしまったことになる。

この男の無法ぶりに、さすがに幹事一同は怒り爆発だった。
もともとやんちゃで超有名だった男子幹事は、
ここでキレるかと思いきや、

「先生の記念の会だから、こらえた。
 会の最初から騒ぎを起こすわけにはいかない。
 まだ酒が入ってなかったのが幸いしたな。
 
 でも、ただの同窓会だったら、胸ぐら掴んで外に放りだしてたよ。
 ・・・まあそれだけじゃ済まなかったかもな。
 もうちょっと手荒な・・・(以下略)」

と、後で恐ろしいメールがきた。

・・・本気じゃないと思うけど・・・
でも大人になったなあ。
よく我慢しました。


学生時代、色々特徴が際立った人たち(?)は、
こちらがビックリするほど、何の文句も言わず、
名簿登録の紙をサラサラと書き、
領収書がわりのネームプレートを
「イヤだ」とも「ダセえ」とも言わず、すんなりと首に掛け、
くじをさらっと引いて、席にあっさり座ったというのに。

こいつだけが。
この男だけが。

こんな態度だったのである。

昔から性格に問題があると思ってはいたけど、
年を取って丸くなるどころか、さらにひどくなっている。

その後、会の最中に先生を呼び捨てる無礼を働き、
さして仲が良かったわけでもない同級生を「お前」呼ばわりするなど、
あちこちで人を怒らせていたこともわかった。

控えおろう!この無礼者!
いい年をして、礼儀も知らないのか!


「この用紙にデタラメを書いてるらしいから、
 配布する名簿から外します。
 この情報が他人の電話番号に偶然でもあてはまっていたら、
 その方にご迷惑になるので」

と怒りが治まらない私は、後日の会議で幹事たちに伝えた。
私は全ての文書を担当している。

しかし、一番上の女子幹事はそれを止めた。

「だめだよ、トリル。先生の会だからきれいに終わろうよ。
 デタラメじゃないか、調べてみるから」

私も大人になりきれていなかった。
公私混同。

しかしこの男、これで!学生時代はクラス代表だったのである。
私は副代表であったので、純粋なクラス会を行うときは、
この男とペアで幹事をやることになっているのだ。

誰がやるか!

お前だけはお断りだ!

今回はクラス会ではなく、範囲を広げた会で、
私は後から補助的役割で関わらせてもらったけど、
今回覚えたことを、こんな男に当然のように利用されるのはご免だ。

そして会の前も最中も「本当はオレが幹事に指名されていたのに」
とグズグズ言っていたらしい。

じゃあ、やればよかったじゃん。
これはクラス会じゃないけどね。
一から自分でやってみてください。

ただでさえ、会の一週間前から心配でよく眠れなかった私は、
三次会へ向かう車のバックシートで、
激昂して神経が荒れたせいか、
そして無事終わって緊張が解けたせいか、
ほんのわずかな時間だったらしいけど、失神した。

宴会のことで失神するな!と、後で言われたけど。

総出席者50名
二次会出席者39名 (二次会からの参加者もあり)
三次会出席者16名で終わった会は大成功で。

その後二日間、私は何も食べられないほどくたばってしまったけど、
先生には多分、この会はいい思い出にしてもらえたと思う。
やれることは全部やったので、思い残すことは何もない。

あの日、「トリル、今日はありがとうな」と
私の顔を見るたびにおっしゃった先生。
花束や記念品や、参加者が持参した贈り物を、
私たちはお迎えの車に積み込む。

先生はまた「ありがとうな」と酔った瞳で車中から手を振る。
先生らしからぬ、やんちゃで男前だった先生。

また十年後にやりますから。
今も充分、やんちゃで男前ですよ。
先生、どうかお元気で。

・・・愛されてるなあ、先生。

失神幹事1

退職された先生の会についてのことばっかり書いてますが、
本当にこのことしか書けない状態で。

何度も打ち合わせを重ね、
男子幹事と意見の食い違いで
いい年をして大喧嘩したこともありました。
長年のつきあいですが、
これでもう私たちは終わりか、とも思ったくらい壮絶な。

なんだかんだ乗り越えて、当日。

なんせ20余年ぶりの同窓会のようなもの。
メンバーも担任してもらったとか、部活でお世話になったとか
先生にゆかりのある人がほとんどですが、
メンバー同士がバラバラのグループなので、
盛り上がるかどうかが、最大の心配ごとでした。

しかし、そんな心配は見事に杞憂に終わる。

用意した食事にはほとんど手がつけられておらず、
ビールや他の飲み物は、予想をはるかに上回る消費ぶり。

私は幹事をしたことがないので知らなかったのですが、
しゃべりっぱなしで喉が渇くので、無意識に飲んでしまい、
食べるひまがないと、こういうことになるらしい。
それと、盛り上がって注ぎまくるとか。

(酔いすぎちゃったけど、大丈夫だったかな?
 というメールや電話が、後日いくつかきた)


そして最後に男子幹事が、シメの挨拶と二次会のアナウンスや
注意事項を前に出て伝えているというのに
ガヤガヤザワザワしていて(というか、爆音並み)
後ろにいた私たち女子幹事には全く聞こえない。

「『ちょーっと!静かにして、大幹事の話を聞けよ!』
 って、あのとき思った」
と、落ち着いた三次会で男子幹事に苦笑いで伝えたら、

「オレもあのとき、『お前ら話を聞けーっ!!!』って思ったけど、
 あの騒がしさで、『・・・この会は成功だ』と確信した」
と、ホッとしたように笑っていた。


しかし最初にアクシデントもあった。

出席者は最初に、用意した紙に名前や連絡先など、
他に、二次会出席かどうか、
お酒を飲まない人は車を出してもらえるか、
郵送する名簿に情報は掲載して良いか、
などを書いてもらうのだけど、

「どうしてこんなもの書かなきゃいけないんだ。
 まあデタラメ書いておけばいいか」

と言った男がいた。


          ・・・長くなりましたので、後日続きを。

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