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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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2週間前位から右目の下が赤く腫れ、
眼球も下まぶたも充血してチカチカと痛い。

視界が白くなって、少しだけ白い目ヤニみたいなものも出る。

「ものもらいかな?でもそれらしいものが見当たらないし」
と鏡を覗いては、市販の目薬を注して様子を見ていたのだけれど
一向に良くならないので、心配になって今日眼科へ来た。
引っ越してから、初めての眼科。

持病で「マイボーム腺機能不全」がある。
しかし、前は目ヤニがすごかっただけで、痛くはなかった。

忘れていたマイボーム ←以前書いた記事

今回もさっそく眼圧・視力などの検査をして、
診察前の助手さんの問診のときに
「『マイボーム腺が詰まりやすい』と
 前に住んでいた所のお医者さんに言われたことがあります」
と伝えた。

診察室にて。

「えっ、2週間も前から痛いの?
 変だと思ったらすぐ来なきゃ~。原因がわからなくなるわよ」
と女医さん。

真っ暗な診察室で、台にあごを乗せたところ、
後頭部を看護師さんがつかみ、
私のおでこをバーにガッチリ押しつける。

トリル(えっ、な、何?
   大人だから動いたりしませんよ・・・?)

まぶしいライトの向こうから、女医さんが
細い針のようなものを持って迫ってくる。

トリル(ちょっ!いきなり何をす・・・
   あっ、このために頭をホールド?)

女医サン「上見てて」

ギャーッ!


下まぶたをめくり、チョイっと何かを刺してすくい上げ、
看護師さんに針ごと渡す。

そしてまた次の針。
手品師のように、いつの間にか女医さんの指につままれている。

チョイ。

何か持ち換えてピッピッ。

女医サン「はい、次、左目」

また針でチョイ。特に痛くはない。

頭のホールドを解かれ、イスの向きが変わり
女医サン「目線まっすぐで遠くを見て・・・」

両目に順番にライトを当て、大きなレンズで凝視し
何か数字を次々つぶやく女医さん。
看護師さんが横で書き込んでいるようだ。

女医サン「はい左目正常。右目○▲□・・・(←わからなかった)
    ・・・もういいですよ」

ずっと息を止めてたかもしれない。
あー、びっくりしたー。

女医サン「脂の腺が詰まって狭くなっていたので、取りました。
    あんまり目に触らないでね。
    逆まつげも少しあったので、抜いておきました。
    もう痛くないでしょ?」

固まりを取ったのかー。はー。
なんと手際のいい・・・
痛くないか、目の下に触れてみようとしたら、

女医サン「だーかーら!さ!わ!ら!な!い!」

あっ、そうでした。つい。

女医サン「触ると刺激で余計に脂が出たりするから。
    目薬2種類出します・・・
    ・・・ところで、結婚・・・してますね?」

えっ?結婚って、目と何の関係が?

女医サン「してるんですね・・・
    月のものはいつでしたか?・・・そうですか・・・
    えーっとじゃあ、あの薬はやっぱりやめておくか・・・」
    目薬2種類だけでいいですよ」

ちょっ、「あの薬」って何???
あっ、もしかして女性ホルモン剤とか?
詳しく聞きたいけど、ここは患者が多くて迷惑になるなあ。

目薬は 先に注す コリナコール
    後に注す 0.1%フルオメソロン(ステロイド)

を1日4回1週間だけで、様子を見るとのことだった。
それ以上、目薬は勝手に注してはいけないらしい。
これは根本的に治すわけではなく、あくまでも対処療法である。

症状は前よりひどく「マイボーム腺梗塞」
本当に詰まってしまったようだ。

体質的にマイボーム腺が詰まりやすい人が、
一定の割合で存在するらしい。
原因不明で治療法も特にないけど、
エストロゲン(女性ホルモン)の分泌にも関係しているのでは?
という推測があるそうだ。

だから、ホルモン剤を投与するかどうか女医さんは考えたのかも・・・
私の勝手な推測だけどね・・・

領収書の内訳に「手術料」とあった。
おー、あれは確かに手術だよ。
怖かったよ・・・



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タグ : マイボーム 女性ホルモン コリナコール フルオメソロン

「温泉につきあってくれない?」と誘われて、
ホイホイとお相伴することにした。

しかし!時期は気候のよい行楽シーズン。
日帰り温泉の予約は満杯。
急に思い立ったらしいので、「無理かな~」と弱気になりながら
電話をかけまくる。

運よく受けてくれるところがあり、そこに決める。
前日予約の翌日希望なんて、実現するとは思わなかった。

「タオルを持ってきてくださいね~」と電話に出た人に言われ、
「温泉なのに?」と、大丈夫なのか不安になりながら、
車で向かった。

遠いところは移動だけで疲れるので、
近場が希望だった。
誘ってくれた人は仕事で相当疲れているらしく
「とにかく足を伸ばしてお風呂に入りたいの」という。

車で30分くらい。
海が見える。釣りをしている人も。
こんなに海って近かったかな?
普段は海を意識して暮らしていないので、別世界。

お部屋に案内され、
魚料理のごちそうをいただいて、お風呂に向かう。
旅館の名前で気付いたけど、おそらく温泉中心というより
もともとは魚屋さんが発展した、料理主体のお店だと思う。

先々月に言った温泉は、塩化物泉で透明で塩辛く、
炭酸水みたいにピチピチしていたけど
今回はこじんまりした湯船で、湯は薄いベージュ色に見える。
底も見えなくて濁っている。
独特のにおいもする。

壁を見上げると「ラジウム(ラドン)泉」の説明書き。

えっ!
こんな近くにラジウム泉って聞いたことがない・・・

と思ったら、単に私が知らなかっただけで
10年前位までは出ていたけど枯渇したらしい。

現在は人工的に作っているとのことで
波動水を使い、色はカルシウム溶解分とのこと。

「湯のモデルは鳥取の三朝温泉」とある。
三朝温泉はラドンで有名なんですね。

効能は第一番に「リウマチ」となっている。
嬉しいなあ。
スティルはリウマチの親戚だし。

滞在3時間の制限の中で、1時間食事、残りはほとんどお風呂。
お風呂は飲み水を持ち込み、飲みながら半身浴をした。

頭皮に汗が浮き、顔にどんどん流れてくる。
最近、汗が出やすくなってきたような気がする。

湯から上がって、サイダーを飲みながら少しのんびりした。
体がポカポカとして、とても眠い。

チェックアウトのカウンターで、旅館の人に
「いかがでした?」とニコニコ尋ねられた。

「あーもう、ポカポカですう~」
「そうですか。今日はお湯の研究の人も来てましてね。
 お湯の機械を変えたばっかりなんですよ」

そうなのか~。

帰ってからも、ホカホカで心地よくけだるくて、
眠くてたまらない。
家事をばばっと片付けて、夜8時には布団に入った。

温泉の翌日の今日もまだ若干体が温かい。
そのせいか、ものすごく眠いのだ。

膠原病の人が、天然ラドン温泉で療養した記録をHPで読んだ。
体に合うか個人差があるようだけど、
少なくとも、私には良かった。
体の芯から温かいので、幸せな気分。
細胞がザワザワしてるような感じもする。

料理にはこだわらないけど、あの湯にはまた入りたい。
「あなた、私より楽しんだわね?」と誘ってくれた人は言った。

天然のラドン温泉は遠くてなかなか行けないけど、
人工でもいいから、近場なら通ってみたい。
原泉の方がいいに決まってるけど、
近いのが一番ありがたいのだ。

ただ「波動水」については、
調べても意味がよくわかりませんでした・・・

変な話だけど、家でも温泉でも半身浴をすると
トイレが近くなるのはなぜなんだろう。
毒素が排出されやすくなるのかな?
いつもこれは不思議に思うことである。


私は姿勢が悪い。
はっと気が付いたときに背筋を伸ばしてみるんだけど、
いつのまにか、丸まっている。

思い立って、背筋を伸ばすインナーを買ってみた。
着用した瞬間は「おっ、伸びる!」と思うのだけど、
いい姿勢は長続きしない。

自分の姿勢をよく観察してみると、
背筋がどうこうというより、腰のあたりから
前傾しているように見える。
そういえば「腰を伸ばしなさい」と言われたこともある。

姿勢が悪いと呼吸が浅くなるし、内臓にも良くないですね。

以前、着物を着たときに
「おっ、腰のあたりがとっても気持ちいい」
と思ったことがある。
なんとなく姿勢も良くなっている気がする。

その帯の硬さと着付けがうまくいったせいだと思う。

着物は母と同居していたときは、母が着せてくれたけど、
ひとり暮らしになってからは、自分でやるしかなかった。

会社に着付けの先生が来てくれる講習があり、
これがまた安価で大盛況。
若い女性から、パートのおばちゃんまで、
和室できゃーきゃー騒ぎながら練習した。

先生は「はいはい!鏡は見ないで着られるようにしてね」
とおっしゃる。
「そうしないと、
 明かりも鏡もないとき、着られなくなっちゃうでしょ?」と。

それはどんな状況だろう・・・
まあ、いいか・・・

私は子どもの頃、
大人の女性はみんな自分で着物が着られてすごいなあと思っていた。
大人になれば、自然に身に付くものだと思っていた。

これが大間違いだった。
今思えば当然だけど。

母親世代だって、着物で毎日過ごした人は少ないだろう。
そういえば私の母も、習いに行っては家で練習していた。

私は会社の講習に3度くらい出て、その後行けなくなってしまった。
部署が変わって忙しくなってしまったからである。

それに着物を着るのは慣れていないと重労働で、
仕事で疲れた後に、とても気力が湧かなかったこともある。
その上着物や襦袢や帯は、運ぶにはわりと重いものなのだ。
へんなシワがつくからやたらと折れないので、包みは大きい。
足袋や帯揚げ帯締め、帯枕など、小物もいっぱい。

メンドクサイ。
着付けは挫折しかかった。

しかし、茶道に和服は必須。
もともとそのために自分で着ようと思ったのだ。
お茶会準備は朝が早い。
着付けと髪のセットで美容院に行くにしても
早朝料金で割り増しだ。
自分でできれば、時間もお金も節約できる。

茶道は若い頃、遊び廻るか家でぼんやりしている私に
「ダラダラしているんなら、お茶とお華くらい習いに行ったら!」
と母に叱られたからだった。

それでイヤイヤ始めたのに、意外にもハマってしまった。
魔性の習い事である。特にお茶。

お軸は読めない、畳の部屋の正しい歩き方もわからない、
お菓子を取る黒文字も満足に扱えない私に、
先生はときどき大笑いしなから、何度も根気よく教えてくださった。

お稽古は、お点前だけ習うわけではなかった。

お茶って、よくお点前ができるかどうか言われるけど、
それは全体から見ると単なるパーツで、
茶花の知識はいるわ、お香もやるわ、懐石は作るわ・・・
他にも色々あるけれど、
何か一つに手をつけると、複数のドアがばんばん開いて
魅惑の世界へ引きずり込むという、楽しくも恐ろしい道だった。

着付けの練習は、着物好きな人がコツを教えてくれた。
「一気に全部やろうとするから疲れるのよ。
 テレビを見ながらでもいいから、帯なら帯だけ練習する。
 手が覚えるまで、少しの時間でいいから毎日ね」

私の場合、誰にも手伝ってもらえない、ひとり暮らしが幸いした。
背水の陣で、自分でやるしかないので、
追い詰められ、教本を見ながら大量の汗をかいて、
何とか一応のことはできるようになった。
色々恥もかいたし、まだとても下手だけど。

スティルになってからは、正座もつらくなってしまったけれど、
着物くらいはちょっと着て、おでかけしてみようかなと思う。
姿勢も良くなるし、絹物は体にも良いし、気分もいいよね。きっと。


睡眠貯金2

睡眠貯金1の続きです。

---------------------------

行方不明の通帳の記録はあるのかないのか?

郵送されてきた封筒は、
受け取るのにサインがいる郵便だった。
この段階でもなかなか厳重である。
通帳を作った当時と住所も変わっているし、
現物がないと、本人確認が大変なのだ。

内容は

-お探しだと思われる通帳の記録がありました。
 同封の解約届の用紙に必要事項を記入して、
 照会を依頼した郵便局にお持ちください-

みたいなことが書いてあったと思う。
例の通帳は、幻じゃなかったんだ。
睡眠貯金の通帳はもう普通に使うことはできなくて、
もちろん再発行もしないし、解約するしかないのだそうだ。

トリル「で、いくら残っていたのかね?(ワクワク♪)」

夫「・・・書いてない」

書いてないのー?焦らしますね。
まあでも、やたらと金額が書いてあっても危険なので
当然といえば当然か。

夫は平日に窓口に行けないので、委任状を書き
私が書類を持っていく。
私の身分証明書もコピーが取られた。
またしてもかなり厳重である。

このあとは書類が受理されれば、
残金額が打たれた小切手のようなものが郵送され、
どこの郵便局の窓口でも換金できるということだった。
それで終了となる。

あとで、この通帳を作った元住所に、確認の電話があったと知った。
夫の場合、
夫がそこに住んでいたことを証明してくれる人がいたので良いが、
もし電話番号が廃番、あるいは誰も、
夫がそこに住んでいたことを知らない場合はどうなるのだろう?

睡眠貯金は全国で、総額2000億円を超えているらしい。
取引がなくなって10年目に一度
「睡眠貯金になりました」と連絡が行き、
それからさらに10年を超えると、通帳は無効となり
お金は国庫に入ることになっているらしい。

使われない通帳を管理するのも、コストがかかるということなのだ。
郵政民営化となった今は、またどうなるのだろう。

二度目の書類を提出して、また3週間くらい後。
夫が郵便局からの封筒を、私の前にそうっと置いた。

トリル「あっ、例の書類が通ったの?いくらだった?」

夫「・・・・・・・・・」

夫は無言でダッと部屋を出て行く。
封筒を開けると、小切手のようなもの。
そこに打ってある金額は。

金額は。

一万円どころか、300円にも満たず・・・腰が砕けた。
郵便局に通ったガソリン代にもならない。
書類をいっぱい書き、
通帳がないので、郵便局の人にさらに手間をかけさせて。

換金に行って、窓口に人にグチった。
「手続きがんばったのに・・・この金額・・・」

最初から最後まで面倒を見てくれた局員さんは
「でも、貯金はお客様の大事なお金ですから。
 無事確認できましたし、良かったですよ」
と言いながら、
私の不満そうな顔を見て、笑いをこらえていたような。

受け取ってきたお金を差し出した私に、夫は超笑顔で
「ご苦労!そのお金は君にあげよう♪」と言った。


睡眠貯金1

「女の本質は、その人の裁縫箱を見ればわかる」
と言った人は誰だっただろう。
その言葉を聞いたとき、私はギクッとした。

裁縫は好きなんだけど、色々詰め込みすぎて
決して整頓ができているとは言えない状態。

引き出しがいっぱいあって
けっこう大きい裁縫箱なんだけど、物が多すぎて蝶番がおかしくなり
上蓋がきちっと閉まらなくなってしまったのである。
これで女としての本質を判断されるとつらいものがある。

女は裁縫箱だけど、男にあてはめると「工具箱」だろうか?
夫の工具箱は、見惚れるほどキチンとしていて、
私がそこから何か借りたりして、元の位置に戻さなかったりすると
ものすごく怒る。

「必要なときにすぐ出せないとイヤなんだよ!」

そんな夫であるが「独身時代の貯金通帳を多分失くした」と言う。

信じられない!
そんな大事なものを失くして、なぜほったらかしなのか!
それに「多分」とは何だ!「多分」とは!

かなり前のことで、失くした記憶もあやふやらしい。

裁縫箱はムチャクチャでも
お金まわりだけは、ものすごくキチンとしている自分。
家計簿もばっちりつけている。
「人間の本質は通帳管理でわかる」と言ってもらいたいものだ。

トリル「ところで、いくら入ってたの?(ドキドキ)」
夫「忘れたけど、一万くらいは・・・
  あっ、でも独身時代の貯金はオレ個人のだから!
  何、ワクワクしてんだよ。お前にはやらないよ~」

はいはい、そうですね。

一緒に郵便局へ行って、どうすればいいか聞いてみる。

局員「だいぶ前に失くされたんですか。
   10年はたっている?
   では睡眠貯金になっている可能性がありますね。
   取引がなくなって10年たった時点で、お知らせが行くんですが
   ご覧になった覚えは・・・?ないんですか。
   ああ、引っ越されて、通帳の住所変更をしてなかったと。
   通帳を盗まれたということはないですか?
   ない?ないならいいです。

   印鑑もどれかわからない?
   では書類に当時の住所や、今持っている定期などの番号を
   わかる限り全部書いてください。
   それと、本人確認ができるものを」

印影は
「これじゃないか?と思われる印鑑で良いから押して」と言われて
「多分これだと思う」と夫が自信なさげに印鑑を出す。

照会願いと通帳紛失の届出書類も書くので、
2、3枚は書いたと思う。
やっぱり現物がないと、手続きは大変だ。

すぐに照会でわかるかと思ったら、通帳本体がないので、
本部に確認を取るとかで、後日結果が郵送されるという。
もちろん金額もその場では確認できない。

帰り道。

トリル「そんな通帳自体、幻じゃないの?
   あったとしても、宵越しの金を持たないアナタが、
   一万も通帳に残すかね?」

夫「・・・いや、それくらいあったと思うんだよ。
  バブルにひっかかってるし、利息がいっぱいついてたりして♪」

いやー、ATMで千円単位まで下ろせるだけ下ろして、
端数を放置と見た。
賭けてもいいぞ。きっとあっても利息込みで二千円くらいだ。

それから3週間位したあと、結果が郵送されてきた。

スティルと判明する直前。
妙にむこうずねが冷えると気にしておりました。

これに関することは、体質改善のカテゴリに載せてますが、
2006年夏、退院してからレッグウォーマーを探して探して。
そんなとき出会った冷え取りの本

「ずぼらな青木さんの冷えとり毎日」青木美詠子 著

こちらの本に紹介されている
絹や綿などの天然繊維の靴下の重ね履きに興味がわき、
パンフレットを取り寄せてみたところ、

靴下だけでなく、絹のレッグウォーマーや肌着もあり
これで冷えを無くそうと、使わせてもらってます。

一年前に買ったレッグウォーマーが、もうボロボロになりました。
たび重なる洗濯のせいで、
絹自体はちょっと固くなった程度で、まだまだ大丈夫ですが、
ゴムの方がもたなくなってしまって、最近新しくしました。

今年の夏はものすごく暑かったのですが、靴下は省略しても
レッグウォーマーをしなかった日はありませんでした。
絹の特性でしょうか。
夏涼しく、冬暖かい。
私にとっては「むこうずねの冷え」=「スティルの前兆」で
直結なので、ないと不安です。

むこうずねの冷えは私だけかもしれないけど・・・
個人個人で症状が違いますよね。

レッグウォーマーは4組買ったのですが、毎日履いて約一年。
単純計算でひと組約90回使用。

よく耐えた。がんばってくれました。

冬に向けて、ゲルマニウムインナーなども取り寄せてます。
これは別のメーカーですが。

何かの情報によると「新しい肌着のパワーは1年まで」だとかで。
風水だったかな?良い運を運んでくるらしいです。
普通に考えて
繊維がふっくらして気持ちいいのは1年間位かもしれませんね。

おばあちゃん世代の方の本などを読むと、
お正月に新しい着物や下着を下ろしたという記述がよくありますので、
その当時、風水など浸透していなくても、
肌着類は1年で取り替えていたのでしょう。

いつ取り替えたかなんて考えなくても分かるし、
新年から気持ちよく使えるし、合理的。

しかし、ボディーメイク方面の下着の寿命は、
メーカーによると半年!
それ以上使うと、型が崩れてきてしまうそうです。
でもけっこう高価なので、処分するときに悩みます。

お正月に新調っていうのはいいですね。
でもつい、バーゲン時期に取り替えてます・・・

脳梗塞になった父は今、病院でリハビリをしている。
リハビリの様子は見たことがないけれど、
尋ねて行くと、車イスをこいで新聞を読みに行ったり、
杖で歩いたりしている。

リハビリの技術ってすごい・・・
手と足では、指導者が違うらしい。
知らなかった。
手の方が深刻なのだけれど、動かない左手で
タオルに洗濯バサミをはさむ訓練をしている。

土曜日に外泊で家に帰ってきた。

杖をつき、ヨロヨロだけど自力で歩く父。

介護保険を申請するために、書類を作った。
というか、私は家の写真を撮っただけなんだけど。
風呂、トイレ、家の中と外の段差などを中心に撮る。
家の図面などは、母が描いた。

古い家で、段差が多い。
築百年には多分満たないけど、もうすぐかな。

昔から色々改造をしていたようで、
タンスをどけると、謎のドアもある。
そこには以前、ほとんど寝たきりの病人がいて、
その人用のトイレを臨時に作ったらしい。
もちろん水洗ではない。

係累か何かよくわからないが、居候?の人もいたらしい。
何でわからないのに居候してるんだ。誰なんだ。
面白いので詳しく聞きたかったけど、
父が産まれる前の話なので、
祖父にちらっと聞いたことがあるだけとか。

実は不気味すぎて入れない部屋もある。
丸窓ひとつの・・・物置だったならいいけど・・・
そんな環境。

話がそれたけど、段差のことに戻すと、
大人の手をいっぱいに広げた以上の段差がいくつかある。

健常者には何ともないけど、父や老人にはかなりキツイ。
杖がすべったらケガをするかもしれない。

引き戸のレールも一部、床に水平になっていなくて、
ちょっとした段差になっている。

新築の家は、年を取ったときのことを考えて
バリアフリーを提案されるようだけど、
この古い家は、玄関に入るまえのアプローチからすでに
車イスには難関である。

壁も少ししかなくて、引き戸ばっかり。
これでは手すりがつけられない。
風呂もトイレも壁がタイルだし、建物自体ももろくなってるだろうし、
手すりをつける強度はないだろうね、と話し合った。

風呂桶もめちゃくちゃ深いし、危ないなー。

父がお風呂に入るときに、
「危ないから見てるよ」と声をかけたが
「大丈夫だ」と追い払われた。

しかし骨でも折ったら、頭でも打ったら・・・と思って、
食事を作っている合間に、
たびたび変態のようにドアをちょっと開けて見た。

やたら手伝ってもいけないと言われている。
父は脱衣も体拭きも着衣も全部自力でやった。

「さすがスパルタリハビリの病院」と感心したら
「違う、オレががんばってるんだ!
 誰もオレのことを褒めないけどな!」
と機嫌を悪くしていた。

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