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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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その「冷え」の本に書いてあった
「半身浴」もやってみることにしました。
「汗」を出して、代謝を良くするのが狙いのようです。

昔、聞きかじりで半身浴をしたら、
やりかたが悪かったのか
頭痛がしだして、一度だけでやめたことがありました。

熱い湯が好きな私は、
ぬるい湯にじっとつかっているのが苦手で、
半分体を出しているのも、何だか落ち着かない気分です。

夏なので、寒くはないけど・・・
水分補給の水を持ち込み、じっとつかってみました。

汗が出ない!

夏だというのに、汗が出ない。
代謝が悪くなっているのがわかります。
体の冷えは深刻なようでした。

お湯の温度を上げてみて、さらにつかる。
少し汗が出てきた。うれしい。
腹式呼吸をしてみる。

鼻から空気をゆっくり吸い込み、口から吐く。
鼻からゆっくり5秒かけて吸い込む。
キラキラしたものを吸い込むイメージで。
吐くときは20秒かけて、
肺の空気をできるだけしぼりだす。
汚いものを全て吐き出す感じで。

腹式呼吸が効くのかどうか、汗はさらに出てきました。

1時間くらいを目標にしましたが、40分でギブアップ。
じっと同じ姿勢でいたためか、ひざの関節が固まってしまい、
ちょっと貧血も起こしたようで、
ふらふらでバスタオルを巻き、ベッドに倒れこみました。

「汗を出そうと、無理をしてはいけない」
と書いてありましたが、ついムキになってしまいました。

ちょっと塩をなめてナトリウムとミネラルを補給し、
反省しました。
いつもすぐに結果を出そうとするのが悪い癖だと。

で、体はまたすぐに冷める。
だるさが残ってしまい、
半身浴はもう少し工夫しなければ続かないと、
どうにか良いやりかたを考えようと思いました。
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タグ : 半身浴

図書館で見つけた本は、赤い背表紙だったように思います。
お医者さんではない、(多分)一般の人が書いたようです。

「冷え」はなぜ良くないか
とか
「冷え」がどういう体の不調を起こすか

などが書いてありました。。
それが、ストンと腑に落ちたのです。
私の不調はもしかしてこういうことかと。

で、どうしたらいいか。

足元を温める。
上半身との温度差がないようにする。

など、色々書いてありました。

その本を参考にして、自分もやってみました。

紹介されている靴下を重ねて履くこと。
私は夏に2枚、冬は4枚履きました。

一枚目は絹、2枚目は木綿かウール、
3枚目は絹、4枚目は木綿かウール
とかわりばんこに履いていきます。

こういう靴下を専用に作っているところが紹介してあったのです。
重ねて履けるように、工夫してあります。
そこで、ものは試しと買ってみました。
絹100%のレッグウオーマーも、そこのを買いました。

なぜ絹か?というと、絹は体の毒素を吸い取る力が強いとか。
吸い取って、外に出すことも優れていると。

木綿やウールも毒素を吸うことは吸うけど、
外に出す力は絹ほどではないとか。

で、順番にはいて、だんだん毒素を外へ出す、と、
こういう理屈でした。

正直「本当か~?」と思いましたが、
興味を惹かれたのは、
「体の悪いところの足裏のツボに当たっているところから、
絹は傷んで破れる」
というところでした。

ほお~、面白い。
目に見えてわかるところが面白い。

フットバスで「毒素を出す」というのも流行っておりますが、
これには賛否両論あり、
「足から毒素を出すなど、医学的な証拠がない」との論も、
ネットで読みました。

何が正しいのかわかりませんが。

私は「とりあえず、足が温かければよい。
毒素うんぬんはまた考えよう」(?)
ということで、とにかく足を冷やさないようにすることだけ
がんばることにしました。

タグ : くつした

スティルで入院前、
むこうずねが冷えて冷えて仕方がなかった。

退院してからも、足が気になって仕方がない。
夏なのに、いつもカイロで温めていた。

これはレッグウオーマーが要ると思い、
絶対安静期間が終わったら、買いに行こうと思っていた。

それまでどうするか。

とりあえずタオルを巻いておくことにした。
しかし巻いておくだけでは、ずるずる落ちてきてしまうので、
マジックテープを縫いつけ、ひざから下に巻いてみた。

・・・ものすごく快適である。
さすが綿100%。なかなかいい仕事をする。
汗も吸うし、適度に温かいし、
もうレッグウオーマーは買わなくてもいいかと思った。
来客は「・・・それはナニ?・・・」という感じだったけど。

夏なので短パンだった。夫が太いタオル足を見て、
「ロボットかお前。
 タオル巻かないで、長いズボンはけばいいじゃん」と言う。

違うんだなー。長いズボンをはいても、むこうずねはスースーする。
足にビチッとはりつくタオルがいいのである。

絶対安静期間が終わり、車の練習をしてから出かけた。

店にレッグウオーマーはない。
夏だから・・・仕方ないかもしれない。
バレエグッズショップとか、
エアロビクス用品とかが売ってる店まで行かないとだめかなー。
でもちょっと遠いし。
いきなりあんまり歩けないし。

ネットで見てみたらどうだろう?

・・・化繊が混じっているものが多かった。
夏に化繊は暑い。汗も吸わない。
やっぱりタオルが最適かなあ。見た目変だけど。

何か本でも借りようと思って、図書館に行く。
ふと、「冷え」の本が目に止まった。

タグ : タオル 冷え レッグウオーマー

大きな木を

退院した。

自分の部屋に入ると、
入院前のムチャクチャな部屋が片付けてあった。
本当に何もできない状態だったので、
ムチャクチャなまま出てきてしまったのだった。

部屋の空気を入れ替えるために、窓を開ける。

目に飛び込んできたのは、枯れた柿の木・・・
2本あるけど、1本が立ち枯れている。
青々とした葉が茂っていてもいい季節なのに、
何だかショックを受け、ちょっと見つめてしまう。
私がいない間に枯れてしまったのか。

「柿の木枯れてるよ。私の代わりだったりして・・・」
と家族に言ってみたら、
「そんなことあるわけないわよ。もともと古い木だし、
 だいぶ元気がなかったから・・・」

そうかな。身代わりじゃ・・・ないかな?
気が弱くなっているのか、そんなことを考えてしまう。
私はそういうタイプではなかったんだけど。
私のせいだったら、ごめん・・・柿の木。
無事帰ってきたよ。

一番最初に勤めていたところは小さな会社で、
社長が事務所に神棚を祀っていた。
毎朝お茶とお塩を供え、事務所の全員で柏手を打っていた。

月に一度くらい、禰宜さんが来て、祝詞をあげて行った。
この方がすごい方らしく、
社長の奥様が重い病気になったとき、
荒行(あらぎょう)で、
まず禰宜さん自身がその業(ごう)を受け、
大きな杉の木にその業(ごう)を移したと聞いた。
(その木は枯れたとか何とか・・・
だいぶ前のことなんで、記憶が薄れてしまった)

かなり体力気力を消耗する、
それどころか命にもかかわる、めったにやらないことらしく、
禰宜さんは少し寝込んだらしい。
奥様は少し良くなったと聞いた。
私が入社する前の話だったらしいけども。

何だかそんな話を思い出してしまった。

そういえば入院中、最初の部屋のときの隣の人(70代)が
「うちじゃないんだけど~、大きな松の木を切ったら
 そこの家の人が病気になっちゃってね。
 みんなで言ったのよ。
 大きな木はやたらに切っちゃだめって。
 ・・・不思議だけど、そういうことってあるのよね」

お寺の総代のおばさまである。
私は黙って聞いていたけど、鳥肌が立っていた。

うちの松の木・・・うちの入り口のところには、
わりと立派な松があって、
重さで枝垂れてくるので、支えをつけたりしていたが、
ある日、なくなってしまった。

家族が手入れがめんどくさくなったのか、
いきなり切ってしまったんだけど、
他の家族は目を疑い、激怒した。私も怒った。
その木があるとないとでは、家の見栄えが全然ちがう。
その木はかっこ良かったのである。
この敷地で長年家を見守ってきた、ヌシの松の木である。

手に負えないならば、プロに支えを頼めばいいものを、
誰にも相談せずに、
無残にも幹の途中から切ってしまったのだった。
今も私の背丈くらいしかない。それも幹のみ。
痛々しい松の木。

なーんか、なー・・・
病気になるのと、松の木は関係ないかもしれないけど、
切った本人はガンで何回目かの入院。
私もスティル病で入院。
他にもひとりは点滴で病院に通って、これが同時期だったので
残された家族が大騒ぎだったのだ。

 夫 「なあ、そういえばさあ、お前が入院するころ、
    うちと隣の敷地の堺にどっかの猫が死ん」
トリル「いやーーーー!!!」

もうやめろ!

私が退院して一ヶ月が過ぎたころ、今度は犬が入院した。
尿管結石であった。
手術で切った所をなめないように、エリザベスで帰ってきた。

家族みんなで顔を見合わせる。

犬まで・・・はあああーーーー。

その年は、こんなことが固まりで押し寄せた。
木はやたらと切らないほうがいい。
きっと魂が宿っている。

タグ : スティル病

退院したことを区切りとし、
ここでひとまず別カテゴリー「スティル記録」に
今までの経過をまとめておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前兆 
 顔の皮が一枚浮いたように厚くカサカサになり、熱をもつ。
 まだらに赤く、少しかゆい。
 「前日食べたたけのこのせいか?」と思う。

 また基礎化粧品を変えた時期と重なっていたため、
 「化粧品が合わなかったせい?」とも考える。

 (後日、これはスティルの前兆と判断した)

前兆から30日後   
 熱っぽい、体がだるい、膝の後ろが突っ張る、
 むこうずねが異常に冷えるなどの症状が出る。
 
前兆から45日後 
 熱が38.5℃を超え、風邪だと思い、薬を飲むが改善せず。
 頭痛、首が曲がりにくい。体が少し痛いなどの症状もあり、
 病院で診察を受ける。
    
 骨髄穿刺 尿検査 血液検査 レントゲン
 髄膜炎は否定される。血液検査の結果、
「何かのウイルスが暴れているので、自宅で安静に」
 という診断を受け、頭痛薬(薬名、記録せず)を処方される。

前兆から50日後 
 薬は効かず、上記の症状に加え、のどが激しく痛くなり始める。
 食欲はそこそこあるが、のどの痛みのため食べられず。
 熱は39.1℃ 体も痛みで動けなくなる。
 救急車で搬送され、入院が決まる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

入院当日 
 レントゲン 血液検査 心電図 
 耳鼻咽喉科・皮膚科の診察を受ける。
 腕と鎖骨のあたりに、
 サーモンピンクのリウマトイド疹を確認される。
 顔のささくれも指摘される。
 病名はわからず。脱水症状のため、生理食塩水点滴。
 CRP20超 フェリチン2000超
  (細かい単位は教えられず)
    ※後日、病院でフェリチンだけ確認できた
     フェリチン2747
     
入院翌日 
 解熱鎮痛剤で熱が一瞬下がり、一時的に歩けるようになる。
 CTを撮る。血液培養、血沈追加。

入院3日目  
 熱が再び上がり、歩けなくなる。のどや体の痛みが激しくなる。
 CT異常なし。感染症も否定されるが、念のため抗生剤投与。 
 その後、何回か抗生剤(剤名、記録せず)をチェンジされるが、
 血液の数値は悪化。(数値は教えられず)
 ボルタレン座薬を毎日1~2回入れ、熱を下げ、痛みを取る。
 このころから食事とれず。

入院7日目  
 のどのCTを造影剤入りで撮るが、異常は無く、
 のどの病気の可能性は否定される。
 MRI撮影、異常なし。

入院9日目  
成人スティル病」ではないかとの診断。
 除外診断はまだ完全ではないが、抗生剤投与中止。
 生理食塩水も同時に外す。

入院10日目   
 プレドニン投与開始 6錠30mg
 除外診断のため、心臓超音波検査。異常なし。

入院14日目   
 プレドニン効かず。熱が40度を超え始める。
 最高は40.7℃

入院15日目
 ステロイドの効きがあまりに悪いため、
 のどの病気を再び疑うが、耳鼻咽喉科は完全否定。

入院17日目  
 熱のピークが40℃を超えなくなる。平熱38℃台 
 CRP、フェリチン共にジリジリと下がり始める。
 (具体的な数値は知らされず)

入院21日目   
 熱のピークが38℃台に。ボルタレン座薬をやめる。
 のどの痛みも比較的おさまり、ひとりで歩けるようになる

入院33日目   
 プレドニン初減量 30mg→25mgに(1週間)  
 CRP4.5 フェリチン700位
 プレドニンの副作用で、急な体重増加。ムーン目立たず。
 熱が37℃台におさまる。

入院40日目   
 プレドニン減量 20mgに(1週間)
 CRP0.9(陰性化) フェリチン206 

入院47日目   
 プレドニン減量 15mgに(4日間)
 CRP0.0(完全陰性化) フェリチン104(正常値)

入院50日目   
 微熱のまま、プレドニン15mgで退院
 だるいが、体の痛みはほとんどなし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プレドニン15mgから4日きざみ。15mg→10mg→5mg→2.5mg 
で終了。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プレドニン総服用量 1135mg
ステロイドパルスなし 免疫抑制剤使用せず

入院日数50日

体重 病前47kg 入院時41kg 退院時49㎏

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上のデータは私の場合で、
血液数値や処方される薬の量、経過は、
個人や症状によってさまざまです。


ざっと書いてしまったので、思い出したことがあれば
その都度書き足していきます。

タグ : スティル病 プレドニン ステロイド CRP フェリチン 除外診断 CT MRI

退院の日が来た。

ロキソニン、タガメット、ボルタレン座薬、
プルゼニド、ガスターなどをいっぱい出され、
大事な大事なプレドニンもバッグに詰める。

このとき、プレドニンは3錠、15mg。

化粧をして、Tシャツにチュニックを着る。
ジーンズを持ってきてもらったが、ジッパーが閉まらずあわてる。
どれだけ太ったんだ!
一番ゆるいジーンズなのに・・・

シレッとチュニックでジーンズの前を隠す。ジッパー開けっ放し。
これで(多分)わからないだろう・・・良かった、チュニックがあって。

く、くつまでキツイ。体だけが太るんじゃないんだ・・・

入院数日後、テレビを初めて見る気になった日。
ローザンヌのバレエコンクールが映った。
放送する日は知らなかったけど、見たかった番組だった。

信じられないほど高く上がる足。
歩くこともできない自分には、奇跡のように見えたなあ・・・

マナさんにテレビカードを渡す。

「お世話になりました・・・」

最初に会ったとき
「あなた、若いけど何の病気?」と聞かれ
「膠原病です。『スティル病』といいます」と答えた。

マナさんは
「へえ、そんな名前の病気があるの。私は白血病」
とサラリと言い、私は驚いて絶句してしまったのだ。

そのときは、病気の人には見えなかった。
入院したのは私が先で、
部屋を移ったと同時にマナさんは入院してきた。
サバサバと元気な口調で、とても明るい印象だった。

でもマナさんはその後荒れ、治療を拒否したことがあった。
「もう死んでもいいの」と。

下がらない高熱や、水がたまって象のようにの腫れる足。
引かない全身の湿疹。
まだ本格的治療に入る前の検査と、
体を過酷な治療に耐えられるだけの状態に持っていく、
準備の段階だった。
それでも痛々しくて、見ていられないほどだった。

担当医やナースが来て、
「セカンドオピニオンもあるし、この病院じゃなくてもいい。
 納得いくまで治療しましょうよ」
と必死に話しかけていた。

がんばっている途中に、不意に気力が抜けることはあるものだ。
体がつらいと、気力が続かない。
普通以上に気丈な人だけど、カーテンを張り巡らして泣き、
食事もしなかった。

私は隣にいながら、かける言葉もなかった。
つらいのは見ていてわかるけど、本当のつらさは本人しかわからない。
何を言ってもうわべだけの慰めになりそうで。

カーテンを開けて出てきたとき、かけた言葉は
「・・・元気・・・出た?」だった。
まぬけなことである。
私は何を言っているのか。

その後、少し落ち着いた頃。

トリル「お孫さんが出来たら大忙しですよ。
  マナさん、頼りにされるんですから」
マナ「うん・・・家も建てるって言ってるし・・・
  私、まだがんばれると思う?」

トリル「当たり前ですよ!
  きっと今は昔より過酷な治療じゃないですよ!
  ドクターも『今は髪が抜けない薬もある』
  って、最初の日におっしゃったじゃないですか。
  医学は進んでるんですよ!大丈夫ですよ!」

もう支離滅裂だけど、私に医学の知識なんかないけど
私もマナさんに元気をだしてほしかった。
ご家族も必死に説得したと聞いていた。

今日は、マナさんは穏やかに微笑んでいる。
「トリルちゃん、まだ若いんだからがんばりなさいよ!」

私はマナさんの右手を握り、
「マナさんも早くお元気になってください」
と、ちょっとうるんだ声になってしまう。

これからマナさんは、本格的な治療が始まる。
ガンバレ!マナさん!

心の中で言って、50日間お世話になった病院を後にした。
タイムスリップしたように、外はいきなり夏だった。


タグ : スティル病 プレドニン 白血病

退院寸前のある日の朝。

廊下から響きわたる大声。
私たちの部屋は、廊下のつきあたりに近いところにある。
誰がしゃべっているのか。見舞い客?朝から?
それにしても長い。もう5分位、声が途切れない。
うるさいなあ。

でも、ひとりの声しか聞こえない・・・ってことは、もしかして電話?

「・・・うん、うん、そうなのよ。今日死ねば明日は・・・うん、うん・・・」

ん?今、「死ねば」って言った?

同室の人たちは、いっせいに顔を見合わせる。
聞き違いじゃないよね?
「ダレ?何?」と眉をひそめ、顔で言う。
聞いたことのない声だった。

そういえば昨夜、何かバタバタした音が聞こえていたような。
誰か危ないのかな?と思っていた。
その人の身内?

マナさんが一番近い位置にいて、不愉快そうに眉を寄せる。
ナースがマナさんの点滴の用意や世話をしているので、動けない。
こんな非常識なことには、
真っ先に注意しに行くタイプのマナさんである。

まだ声は聞こえる。
「・・・うん、早く死んでくれればね~。
 まあ、○○の所も忙しくて・・・オホホホ~」

って、え~?!!
患者とどういう関係なの?ホントに身内?

みんな声も出せずに、シンとしている。
お向かいの部屋に、ものすごく声の大きい女性がいるけど、
電話のヘビーな内容に今は固唾を呑んでいるのか、
異様に静かである。

すぐ終わるかと思えば、もう15分近くになる。
内容から何となく、義理の父親が患者のようである。
「死んだら」連呼で、さすがに気持ちが悪くなる。

「何かひどくない?私、言ってこようかな」
と、私がベッドから降りようとしたら、そばにいたナースが
「あっ、私が行きます。ちょっとひどいですね」
と、注意しに行ってくれた。

内容には触れず、「こんな所でケータイはご遠慮ください」
って柔らかい注意だったけど。
もっと激しく言うかと思った。
声はすぐやんだ。

ケータイ、大声、だけでも非常識なのに、
どんな患者がいるかわからないところで、
「死」だなんて縁起でもないことを。

自分の身内の部屋から離れた所なら、どこでも良かったんだろうけど、ここらへんも病室だし。
内容も仲が悪いのか何だか知らないけど、これって人としてどうなの?

マナさんは
「昨日の夜、あっちの病室の人が危なくなったらしいね。
 さっきの人、多分息子のお嫁さんだよ。
 だいぶ頑固なおじいさんみたいだったから、
 色々あったんじゃないの~?
 ご家族から『もめてる』って聞いたよ~」

って、マナさん、どんだけ遠征してるんですか。

マナ「で、危なかったけど、持ち直したみたいだから、
その報告の電話じゃない?」
トリル「何で朝からそんなこと知ってるんですか」
マナ「だってベッドが廊下に出てないもん。すぐわかるよ」

そうだった。亡くなった人がいるときは、
廊下にその方のベッドが出て、病棟に独特のムードが漂う。
普通に退院してもベッドはメンテのため廊下に出るが、
何となくどちらかわかるのだ。

この部屋の人たちも敏感に気付いて、
「誰か亡くなったよね」という話になる。

病人になってわかったことがある。
お見舞いに来た人の心情が露骨にわかってしまうのだ。

私は気を遣われたり、
痩せたり太ったりで、姿が変わったのを晒すのがイヤだった。
それでほとんど入院の連絡をしなかったので、
見舞いも少ない方だったけど、
やはり救急車を呼ぶと、そこそこうわさになってしまう。

心底心配して来てくれた人は、
部屋の入り口からもう、
明るいオーラみたいなものを持ってやってくる。
色で言うと薄い水色か、薄い黄緑みたいな。
うまく説明できないけど。

自分で書いていて、われながら怪しい人みたいだけど・・・
気のせいだと言われればそれまでだけど、そうなのだ。
もともと自分はそういうものはよくわからないんで、
ちょっと怖かった。
というか、知らないほうが良かったかもしれない。

よく「病人は敏感だ」というけど、それは
「いつも寝ていて変化のない生活をしているから、
 ちょっとでも何か変わると気付きやすい」
と、かつて私は解釈していた。

それもあると思うけど、
自分が病気になってみると、ちょっと違った。

命の危機というか、病気など、自分で自分を守れない状態になると、
目の前にいる人が自分を守ってくれる人か、
そうでない人かを瞬時に嗅ぎ分ける、
弱った人独特の本能が働くのではないかと思う。
それを感じとって、守ってくれそうな人はボヤーッと輝いて見える。

たぶんこれは私だけが感じたことではないと思うのですが・・・

今はもう、こういうことは全然わかりません。
複雑な思いもしたけれど、違う世界を見たようで、
これはこれで不思議な経験をしました。

タグ : 本能 オーラ

「退院~?早くない?」
と夫は言う。

夫「もっとここに置いてもらった方が良くない?
  親も『夏が終わるまでいれば?』って言ってるよ。
  暑さがこたえるんじゃないの?外は暑いよ」

暑いのか~。もう夏なんだね。
外に一歩も出てないから、実感がない。
しかし、何と言う無茶を言うのか。

トリル「暑いのは大丈夫だよ。寒いのはつらいけど。
   それにそんなにいつまでも置いてもらえないよ。無理無理」

私はグラノーラを食べながら言う。
便秘解消にいいと聞いたので、買ってきてもらった。
腹筋やヨーグルトで、日々、薬を少なくするためにがんばっている。

免疫には腸の働きも大事だという。
本当に便秘は悩みのたねである。

これからどうなるのか。
スティルは再燃もありうるし、働きたいけど、働けるのか?

こんな体調不安定な人間を
雇ってくれるところなんてあるのだろうか?

入院中に仕事の紹介の話はきていた。
「入院してるんですよ・・・」と言うと、びっくりされた。
まだ就業は先の話なんで、退院したらまた改めて
話を煮詰めようということになった。

同病のかたがたはどうされているのだろう。

持病があっても、がんばっている人はたくさんいるだろう。
職場の理解も得られればありがたいが、
新規で雇われるとなると持病がネックになる。

まったくもって、健康が第一である。

歩いてトイレに行けなかったのが、自力で行けるようになった。
シャワーも浴びることができるようになった。
ペットボトルのふたも、自分で開けられる。

当たり前だったことができなくなり、またできるようになった。
この過程で、自分の中の常識がかわった。
神妙な気分になる。

反省などろくにしない人間だったけど、
このことを考えると、当たり前だったことがすごくありがたくなる。
何にも感謝もしないで、ここまで生きてきてしまった。

このことがわかったことが、救いかな?

『退院療養計画書』が届く。
プレドニンの服用スケジュールや「今月いっぱい絶対安静」
などの指示が書いてある。

もうひとつ「間食絶対禁止!!」のでっかい文字が!
何、この「!!」は!

注意されたことはあるけど、「絶対禁止」とは言われてないよ~。
ナースに「ねえ、これ、これ見て。何で~?」
と訴えたら、

ナース「えー何これ?そこまでは言われてなかったよね?
  私たちも聞いてないわ~。
  じゃあ体重とか、この間の糖尿病のことで、
  『異常はなかったけど注意したほうがいい』って、
  ドクターKに判断されたんじゃなーい?」

と、笑いをこらえていた・・・

薬剤師さんが部屋を訪れた。
今回もまた前の人と違っていた。ベテランぽい年の男性である。

「プレドニン持ってきました。これは最終分でーす」
と、明るく言ってイスにどっしり座り、ペンを握る。

え?薬を持ってきただけじゃないの?

「病気の説明からしますね」

免疫のしくみや好中球、リンパ、
それがステロイドによってどうなるかまで、
図に描いて丁寧に説明する。
この病気が痛い理由、
そして、どうしてプレで副作用が起こるかまで話してくれた。

わかりやすい!すごい!
感動してお礼を言う。
難しいことをシロウトに分かりやすく説明するのって、
ワザが要るものである。

去り際に思いついて、ひとつ質問をしてみた。
トリル「漢方薬でスティルに効くものはあるんですか?」

薬剤師「スティルにはどうかわかりませんが、
    漢方で『蟻がリウマチの症状を軽減する』
    というのはありますよ。
    おすすめするわけではないんだけど」

アリ?!アリってあの虫のアリですか?

薬剤師「そのへんにいる日本の蟻を、
    そのまま飲んじゃいけませんよ(笑)
    
    違う種類の蟻を粉末に加工してあるんです。
    そういうデータもあるということだけ、
    頭の片隅に置いておいてもらってもいいかと。
    でも先生が処方されるわけじゃないので、
    自己責任になりますよ」

そうなんだ・・・ありがとうございます。

薬剤師さんが行ってしまった後、マナさんに聞いてみる。
「ねえマナさん、知ってた?アリって」
マナさんは漢方薬に詳しい。

マナ「知ってるよ。本当にそういう薬はあるよ」

あるんだ~。へえ~。へえ~。
漢方って奥が深いわ・・・

マナ「ねえねえそれより、
  さっきトイレから帰ってくるとき見たんだけど、
  ドクターKがさっきの薬剤師さんに、
  廊下の隅でプレドニンのこと、一生懸命聞いてたよ。
  
  糖尿病騒ぎで、プレドニンの副作用の詳しい説明を
  ドクターKが薬剤師さんに頼んだんじゃないの?」

と、マナさんは笑っている。

マナ「糖尿病はドクターKの専門じゃないし、
  専門医にお願いするほどの数値でもなかったしね。
  知ったかぶりで薬の説明するより、かっこいいよね。
  ちゃんと頼むところがかわいいわ」

マナさんはニコニコと言う。

ドクターK、ありがとう。ちゃんと聞いてくれて。
不安を解消してフォローしてくれるドクターKを、
私は心から信頼しています。

タグ : アリ 漢方

のどがとても渇く。
気をつけてお菓子もずいぶん減らしたが、体重はどんどん増える。

不安になって、ドクターKに言ってみる。
「あの~、私、糖尿病になってるってこと・・・ないでしょうか?」

「糖尿病?どうして?」
ドクターKはびっくりしたように目を見開く。

トリル「異常にのどが渇くし・・・
   食後というか食事中にすごく眠いんです。
   おなかもすごく空くし・・・気をつけても体重が増えるし・・・
   プレドニンの副作用ってことはない・・・ですよね?」」

Dr.K「い、いや、急に糖尿病なんてことは・・・
   プレドニンをもっと早く減らしたほうがいいか・・・う~ん」

ものすごく想定外だったようだ。
いつもクールなのに、こんなドクターKは初めて見た。

Dr.K「だれか身内に糖尿病の人はいたっけ?」
トリル「・・・います・・・」

Dr.K「前に糖尿病になったことはなかったよね?」
トリル「ないですが、糖が出て、検査したことはあります・・・
   あの、甘い炭酸みたいなのを、
   飲んでは血を採る繰り返しのやつ・・・」

ドクターKが目だけ動かし、何か考えている。
Dr.K「・・・いや、ステロイド性糖尿病ってことはないと思うけど・・・
   そんなに長いこと飲んでないし・・・
   でもちょっと検査してみますか」

血液検査と尿検査。
血液検査は血糖自己測定器でやってもらった。
指に小さく針で穴をあけ、
ほんの微量の血を採って血糖値を計る。
いつも糖尿病の人がやるのを見ていたけど、
痛そうだなーと思っていた。

指先の固さを確認してからバネを調整し、
指を消毒してバチンッと針を刺す。

「ひっ、痛っ・・・・・・くない、あれ?全然痛くない」
「そうでしょう?」とナースが笑う。

指をじわーっと押して血を出し、測定器で計る。
しばらく待っていると「98」という数字が出た。

ナース「正常値ですよ。良かったですね」
トリル「ほんと?良かった~」
ナース「一応尿の検査もしますからね」

尿検査は翌日だったが、異常なしだった。
ドクターK、真剣な顔。ちょっとこわい。

「プレドニンの予定は変えません。当初の予定のままで行きます」

はい・・・
お騒がせしてすみませんでした・・・

タグ : 糖尿病 ステロイド性 血糖自己測定器

2度目の減量の一週間後の血液検査の結果。

「CRPは0.0、フェリチン104となりました。
 両方とも正常値です。良かったですね
 白血球だけ多いんですが、おそらくステロイドの影響なので、
 プレドニンが減っていけば大丈夫だと思いますよ 」

ドクターKの回診である。
ほお~、一週間前の予言どおりとなった。

Dr.K「熱はまだ微熱が続きますね。
   どうしてかわかりませんが、スティルの余韻かと思います。
   白血球以外は正常値なのでプレドニンは減量します。
   3錠、15mgにしてください」

どんどん減るな~。うれしい。

Dr.K「3錠は4日間だけです。
   そのあと2錠、1錠、0.5錠と4日きざみで減らして、
   ステロイドを切ります」

4日きざみ!いいんですか?

Dr.K「正常値に戻りましたから、大丈夫だと思います。
   それから、だいぶ調子もよさそうなので、
   そろそろ退院できますよ。
   今度の土日くらいでどうですか?」

退院!

Dr.K「トリルさんは主婦ですね?
   家のことは急に色々できないでしょう。
   今月いっぱいは養生に専念できたらいいのですが・・・
   どなたか・・・家事などやってもらえる人はいますか?」

今まで退院していった人にも、こういうことは確認されていた。
退院できるからと言って、
急に病院から放り出したりはしないのである。
親切だなあと思っていた。

まあ、病院としてもせっかく良くなったのに、
すぐに無理されて悪化されても困るだろう。
また病院に逆もどりだもんね。

トリル「家事は大丈夫です。では日曜に退院させていただきます。
  今までありがとうございました」

お礼を言うと、ドクターKはあごを引いてうなずき、
部屋を出て行った。

実を言うと、退院はもっと早く切り出されると思っていたので、
遅いくらいだった。
微熱・だるい・ちょっとあちこち痛い、くらいの症状しかないので、
家で寝ていても同じなのである。

でも、すごーく退院したいわけでもなかった。
病気が悪化したりしないか、
ちゃんと生活できるか不安だったからである。

何だかんだ言っても、病院は楽だ。
ここは総合病院で、他の症状が出てもすぐに対応してもらえる。
食事も出るから、作らなくていい。

しかし救急病院でもあるので、
病院としてはベッドを空けておきたいだろう。
私のような軽快した患者は出ていったほうがいい。

実際、
リハビリのみの治療になった前の病室の人は
じっくり相談の上、リハビリの専門病院に転院していった。
本当はここに居たかったらしいが、
リハビリのみでは入院を続けられないのである。

隣のマナさんは話を聞いていて
「退院~?ダメダメ!まだ熱もあるし、ゆっくりしていきなよ」
と笑いながら言う。

トリル「無理ですよ。
  私も『よくここまで置いてもらえたなあ』
  って思ってたんですから」

マナ「だってまだ熱があるしー。
  家に帰ると動いちゃうでしょ~?
  トリルちゃんが出てったら寂しい~。
  私の本格的な治療はこれからで、まだまだ先が長いのよ。
  次に入ってきた人が、気が合わない人だったらヤダヤダ~」

マナさんは話好きで、時間が有り余る入院生活で、
身の上話などを私はいつも聞いていた。
彼女は病気以外でも仰天するほどものすごい人生を送ってきており、
できることなら、小説にしたいくらいだった。

初めて会ったとき、
「この人は普通の50代ではないような・・・」と思った。

何というか、リッチな雰囲気がするのである。
持ち物とか着ているものとかではなく、体からにじみ出るものが。
普通のオバチャンとは、絶対に何かが違う。

でもリッチなら個室に入るだろうし・・・
何でかなあ?と不思議に思っていた。
ポツポツと話をするうちに、
数奇な運命というか、人生というか、私はびっくり仰天で、
口を開けて聞いていた。

私は一度「・・・それで誰も恨まなかったの?」と聞いたことがある。

マナさんはあっさりと
「誰も恨んでない。こういうことは仕方ないと思う。
 私はものすごくいい思いもしてきたし」
と言った。

これだけでは何が何だかわからなくて申し訳ないが、
よそさまの話なのであんまり詳しく書けない。
彼女の人生の話は、
パッと聞いただけでは「妄想?」と思うほど、常識を超えていたが、
ご家族の話とつじつまが合っているから、疑うことはしなかった。

このレベルで「誰も恨んでない」とは。
私だったら、恨んで恨んで生霊になって呪いそうである。
恨んでない?本当に?誰も?

実は私は、自分がスティル病になったことを、
心の底では納得していなくて、腹を立てていた。

「何でこんな目に遭うのか。私が一体何をした?」と。

でも変な話だけど、マナさんの「誰も恨んでない」という言葉に
私の心が落ち着いて、受け入れる腹が決まった。

なっちゃったものはもう仕方ない。
この体の面倒をみていこう。

マナさんに「・・・私は考え方を変えることにします」と伝えた。

マナさんは訳が分からなかったらしく、
「え?何で?」とキョトンとした表情だった。

タグ : プレドニン

プレドニンの副作用。
体重増加も急だった。
食べても食べても満腹にならない。
朝ごはんはもう1トレイ分頼みたいほど、もの足りない。

お菓子を買って、うきうきと病室に戻る途中に、
ナースが私の手に提げた袋を見つけ
ナース「あ~トリルさん、何か買ってきましたね~?
  ちょお~っと見せて?」
トリル「あっ、何をするんですかっ!」

ナース「・・・こーんなにお菓子買ってぇ・・・」
・・・子どもみたいである。

ナース「ちょっとずつにしなきゃダメですよ!
  記録しておきますからね」
記録!マズいよ~。恥ずかしー。

もう理屈ではなく、
むしょうにチップスターとアーモンドチョコが食べたいのである。
このふたつは売店の人が私の顔を覚えて、
「あっ、今日は入荷してるよ~」と言うほどである。

隣のベッドのマナさんが
「あなたはもう~、食事後にパリパリパリパリと~」とあきれている。
体重は「病気になる前までの数値なら大丈夫だろう」
と、たかをくくっていた。
もうギリギリまで近づいていたが。

けっこう自分は我慢強いと思っていたが、はかない幻だった。
でもちょっとずつの約束は一応守った。
一日で半分以上は絶対に食べないことだけは決めていた。

それでも自業自得だけど、
気がつけば胴まわりが樽のようになっている。
くびれがない。鎖骨のありかもわからない。
かつて自分はここまで太ったことはない。

ドクターKは首をかしげ
「顔が丸くなりましたね・・・でもムーンとはちょっと違うような・・・
 そのうち肩のあたりがバッファローハンプに・・・」と笑う。

うわ!ドクターKが普通に笑った!初めて見た!
(苦笑なら何回か見たけど)
でもこんなシチュエーションで・・・

というか、「バッファローハンプ」と言って、なぜ笑う?

じっと私を見て、
「いや、あっ、ちょっとなりかけてますよ」

ホントに~?あわてて触ってみるが、よくわからない。
あっでも背中に肉がついたかも・・・
ドクターKは笑いながら「気をつけるように♪」
と言って行ってしまった。

これをドクターからの警告と解釈し、
それからは、毎日食後に病院内を30分は歩くことにしたのである。
痛くない程度にストレッチもする。

しかし、『バッファローハンプ』という言葉。
誰が言い出したか知らないが、
冷酷なほど状態をぴったり表わしている。
どういう形かすぐわかるから便利だけど、
女性にはあんまりな形容ですね。
『野牛肩』なんて・・・

タグ : バッファローハンプ 野牛肩

何かで、「植物を育てるのがうまい人は緑の手を持っている」
みたいなことを読んだことがある。
その人がちょっと手をかけるだけで、植物がイキイキするという。
いるいる、こういう人。うらやましい。

前にも書いた、注射のうまい人。
注射に限らず、医療の才能と言うのだろうか?
人体へのカンみたいなものが優れている人。
マッサージとか異常にうまい人もいますね。
これは何色の手だろうか?

副作用の話。
プレドニンの副作用がじょじょに出てきた。
ムーンはさほどでもないが、不眠がひどい。

うっかり夜中の1時位にに目がさめると最悪である。
それからはもう眠れない。
テレビをつけるわけにも行かないし、
朝まで目をギラつかせて起きている。

ナースに「眠剤出そうか?」と言われるけど、
薬はなるべく増やしたくなかった。
プレドニン、ガスターの他に便秘の薬を数種類飲んでいる。
その前はボルタレン座薬を毎日1~2回、
またその前は抗生剤を大量に使っていた。
入院前は風邪だと思っていたので、市販の風邪薬を。
すでに薬漬けなのである。

困るのは睡眠不足のせいか、
朝食中に後ろから頭をグーッと引っ張られるような感じで
急激に眠気がくる。
食べていると、突然まぶたが下りてくるのである。

プレドニンを飲むと、体がものすごくだるくなるので、
朝食後、身支度を全部すませてから、最後にプレドニンを飲む。
それから朝寝をすることにした。

昼食中も夕食のときも、食べていると突然凶暴なくらいの眠気がくる。
血糖値が上がると眠くなるのだろうか。
不眠というより、リズムがメチャクチャという感じか?

日が出ている間に寝なければ、夜寝られるかもしれない。
けれど、一度崩したバランスは容易にもどらず、
あきらめて眠いときに寝ることにした。
もう、自然にしよう。
体がそう言うし、体のしたいとおりにまかせておこうと考えた。

しかし、体重の問題は別だった。
「体のしたいとおり」ではいけなかったのである。

タグ : 副作用 睡眠

プレドニン初減量から1週間後、また5mg減量となった。
4錠。20mgである。

「CRPは0.9、フェリチンは206まで下がってますよ。
 CRPは陰性になりました」

ドクターKがクールな表情で言う。
ほお~、数値はここにきて大躍進。
思わず、顔が笑う。

トリル「先生、ありがとうございます」
Dr.K「良かったですね。もう少しですから。
   来週の検査では全部正常値になる予定です」

ええ~っ!予言ですか?

ナースに伝えると、
「さっすが~!自信まんまんのドクターK!」
と異常にウケていた。
ナースの間ではそういうキャラなの?

確かに動じる様子は見たことない。
まだ若いのにすごいと思う。
でも医者はそうでないと、患者はますます不安になるから、
あえてそうしているのかもしれない。
学生のような雰囲気でありながら、なかなかすごい人である。

骨髄穿刺も、前の部屋の人が
「ドクターKにやってもらったときは全然痛くなかったのに、
 違う人がやったら、すごく痛くて・・・」と泣いていた。
病室でやったので、悲鳴が聞こえていた。

痛いものだと決め付けていたけど、やる人によって違うのかな?
私も骨髄穿刺はドクターKではなかった。痛かった。

部屋を引っ越してヌシを卒業し、今度は私は新人である。
隣のベッドの人も、病室で骨髄穿刺をすることになった。
担当医は血液内科のドクターなので、お顔をあまり知らなかった。

隣のカーテンが閉められ、緊迫した空気である。
うう~、痛そうだな~。
こっちの体も緊張する。

しかし、静かなまま終わった。

トリル「ねえ、痛くなかったの?」
マナ「痛くなかったよ。え?普通痛いの?」

過去何回かやったことがあるそうだが、痛かったことはないらしい。
ラッキーな人ある。

この血液内科の先生は上手で、管を通すこともうまいらしい。
隣の人(マナさん※仮名 50代)は
病気のせいで血管がもろくなっているのか、
点滴がうまく入らず、液漏れしたり、詰まったり大変で、
朝夕抗生剤を入れなければならないのだけれど、
そのたび刺すことにしていた。

すぐ詰まるので、
「どうせ刺し直しなら、
 ずっと針をいれて点滴台にしばられているのもムダだし」
とマナさんは割り切り、そのたび刺し直すことにしたのだ。

しかし、うまく針が入らない。

ナースが苦労してもダメで、そのたびナースが交代し、
どんどん増えてベッドの周りは毎度人だかりになる。

外来の採血の上手なナースを呼んできて、
やってみたけどうまくいかない。
足も手の甲からも血管が取れなかった。

私だったらめげる所だけど、マナさんは強かった。
「いいよ、練習にもなるだろうし、どんどんやって」

針を何度も刺すことなど、問題のうちに入らないらしい。
このあとそれどころではない治療もあるし、
白血病の治療は、
昔一度経験しただけに壮絶だとわかっているという。
今はグーンと進歩しているらしいが、
昔の治療の仕方を教えてくれた。

聞いて言葉を失う。

結局、胸から管を通すことになった。
私は知らなかったが、これは医者しかやってはいけないそうだ。
管を通し終わり、
私や他の患者が「部屋からしばらく出ているように」指示される。

大きい機材が運び込まれた。レントゲンみたいな機械らしい。
針がきちんと入ったか、これで確認するという。
放射線を使うので、追い出されるんだろう。

「ちゃんと入ったかな~?」と血液内科の先生は口では言うが、
表情は余裕である。

部屋に戻ると、針はきちんと入ったそうで、
「マナさん、良かったですね~」と私も喜ぶ。
もう何度も針をささなくていい。

痛くなく針を刺すことができるのって、練習なのか才能なのか・・・?
患者にはものすごくありがたい技術である。

「病は気から」ってどういう意味ですか?

この「気」って「気持ち」って意味?
それとも東洋医学の言葉か何かにある専門用語の「気」?
(よく知らないのですが)

私だけかもしれないけど、これは言われたくない。

お見舞いでこう言われて、嬉しい人はいるのでしょうか?
慰めの言葉になっていないと思います。

痛くても怖くても泣きませんでしたが、
これだけはさすがに涙が伝ってしまいました。悔しくて。

「気持ちがたるんでるから、そんな病気になるんだよー!」
「ストレスに弱すぎるぞー!」

そんなつもりで言ってるんじゃないと思うけど、
こう↑聞こえてしまう。
何人かの人に言われてへこみましたが、
これってお見舞いの言葉の決まり文句ですか?
悪気じゃないとはわかっているけど・・・

気合を入れて治るものなら、いくらでも入れます。
でも痛いのも関節が変形するのも「気」のせいではないです。

膠原病に限らず、病気の人にはかなりこたえると思います。

自分で自分に言うのはいい。
「こんな病気に負けてたまるかー」って。

だけど、私は隣のベッドの白血病の人にこの言葉は言えない。
この壮絶な闘いぶりを見たら。
骨髄移植前の治療から、この苦しみよう。
絶対に「気持ちの問題」じゃない。

「病は気から。気の持ちようだよ」
なんて脳天気な言葉、絶対に言えない。

重病の人にかける言葉はいつも見つかりません。
「痛いのだけでもどうか消えてあげて」と心の中で必死に祈るか、
手を握ること、痛い体をさすることくらいで精一杯です。

どんなにがんばっても、かわってあげることはできない。
同じ痛みを、体でわかってあげることもできない。
そういう意味ではひとりで闘うしかない。
かける言葉なんて、全然思い浮かばない。

この言葉、お見舞いのマナーのNG用語に入れてくれませんか?
マナーの先生、いかがでしょうか?

「根付きの鉢がどうのこうの」とか「熨斗がどうのこうの」なんて
どうでもいいです。

あの、お土産渡すときの「つまらないものですが・・・」が
だんだん「良くない言葉」になってきましたよね。
そういうふうに変えていくことも可能な例だと思います。

患者は自分を責めますよ。
「自分の気の持ちようがいけないから、病気になったんだ」って。

元気が出る人もいるようですが、私にはぜんぜんわからない。
ある意味正論だとは思うけど、不可抗力で病気になる人もいます。
原因不明の病に「気から」って言われても困惑します。
お願いですから、やめてほしい。

「治るの待ってるよ」とか「色々あるけどぼちぼち行こうや」の方が
月並みだけど、よっぽど励ましになると思うんですが、
いかがでしょうか。


タグ : 膠原病 お見舞い マナー

皮膚科の先生が呼んでいるというので、歩いていく。
歩くのも、もうかなり楽である。

皮Dr.「おー、歩いてきたの?顔色も良くなったねえ。
   最初はどうなることかと思ったよ~、わはは!
   目つきがしっかりしてきた。うんうん。良かった」にこにこ。

トリル「はい、おかげさまでどうもありがとうございます」にこにこ。

ちゃんと顔つきまで見ていてくれるんだなあ。
嬉しいことである。

皮Dr.「変わったことなーい?
   (カルテを見て)おっ、プレの量減ったの?
    良かったね~」
トリル「はい、順調のようです。顔のがさがさも消えたみたいで」

特に何の治療をするわけでもなく、確認をしたかったようだ。

皮Dr.「じゃあこれで一応皮膚科も終了します。
   また何かあったらいつでもおいで」

改めてお礼をいい、病室に帰る。

熱は普段は37℃台まで下がっていた。
氷まくらもだんだん必要なくなってきていた。

氷まくらを挟むとき、最初は首を上げられなくて、
ナースに頭を持ち上げてもらったなあ。

入院当初、顔と頭皮(後頭部を除く)がだんだん痛くなり
「何で顔が~?ぶつけたのかな?」と思ったけど、
「そうか!顔も筋肉だから痛いんだ!」と気付いた。
頭皮も痛いのは顔の延長だからだろうか。
筋肉痛は体だけではなかった。

ある日、小さな時計をベッドの上のテーブルから床に落とし、
幸い壊れなかったけれど、
裏蓋がベッドの下に入り込んでしまったことがあった。

しゃがんで取ろうとしたら、そのまま立ち上がれなくなってしまい、
「え?」と慌てていたら、たまたま部屋にいたナースが
後ろからわきの下に手を入れて立たせてくれた。
うかつにしゃがむものではない。筋肉が弱っていることを実感した。

体ものどもぜんぜん痛くないということはないけど、
最初に比べれば天国のようである。
ちょっと痛いけど、思い切ってボルタレン座薬もやめてみる。
解熱鎮痛剤がなくても耐えられるようになってきた。

一瞬、熱が36.9℃になった日があった。
担当ナースが「トリルさ~ん、シャンプーされますか~?」

えっ、いいの?
ナース「平熱だからいいですよ。」
髪のことを気にしてくれてたんだなあ。うれしい。
歩けるけど体力を消耗するので、大事をとって車イスで行く。

ナースは私の髪にお湯をかけながら

ナース「トリルさんは結婚してらっしゃいますよね?」
トリル「うん、主人はたまにしか来られないけどね。
  あっ、結婚してるの?お若いけど」
ナース「ええっと、今年結婚するんですよ~(テレ)」
トリル「あら~、おめでとう!いいわねえ。
  じゃあ今が一番楽しいときだよね」

おめでたいことを聞いて、こちらも嬉しくなる。
声がはずんで、本当に幸せそうである。

髪がきれいになって、車イスを押してもらうと後ろに香りがなびく。
「あら~、いい匂い。洗ってもらって良かったですね」
と、通りかかった別のナースが微笑んだ。

入院して1ヵ月を超えた。
体もだいぶ楽になったし、時間はあるから何か勉強でもと思い、
趣味のおさらいでも・・・
と、本を手にとってみたが頭に入らない。

お見舞いにきた友達(違う病院の技師さん)に
「本を読んでも頭に入らないよ。何でかなあ?」と言ったら
「当たり前だよ~!
 今、トリルの体は回復にいっぱいいっぱいで、
 頭に血がまわってこないよ。
 ボーっとしてるのも治療だよ」
と笑われた。

そういうものですか?そう言われるとそんな気もする。

この技師さん、さすがであった。
「スティル病を知らなかったんで、
 膠原病科のドクターに食べちゃいけないものとか、
 花はOKかとか、何に気をつけたらいいかとか、
 色々聞いてきちゃった」

こんなことは医療関係者しかできないけど、
心遣いがすごく嬉しかった。

私にだけでなく、病人に対する目線がとてもやさしい。
普段検査するにあたって、気をつけていること、
言ってはいけないことなど教えてくれて、私も勉強になった。
とてもとてもありがたいお見舞いだった。
今でも感謝している。

歩けるようになる前。

車イスでトイレに連れていってもらったときに、
お迎えが来るまでの間、
洗面台の大きな鏡でふと自分の顔を見たことがある。

!!!
誰、これ・・・

目の下はくまで真っ黒。
げっそりやつれ、白髪がびょんびょん立っている。
まぶたも肉が落ち、実年齢よりはるかに老けていた。
襟なしパジャマの胸元から、鎖骨がくっきりのぞいている。

見かけなどかまっている場合ではなかったとはいえ、あんまりである。
とても30代には見えない。
やせたのは体重や足の細さでわかっていたけど、これほどとは。

歩けるようになったころからは、
食欲もじょじょに盛り返し、食事も普通に戻してもらった。
それも完食するようになる。
それでも足りないくらいだった。
食事の時間が待ちどおしすぎる。

入院から1ヶ月、プレドニン投与から3週間少し過ぎた日。

ドクターKが部屋にあらわれ、
「血液検査の結果が良くなってますので、
 プレドニンの減量を開始します。
 5mg減らして25mg。5錠にしてくださいね」
と、ホッとした表情で言った。

おお!とうとう減量!

私は具体的に血液検査の数値を聞いたことがなかった。
聞いてみてもいいだろうか?

「あの~、検査の数値ってどれくらいなんでしょうか?」
ドクターKは「ん?」と眉をあげ、頭の中の記憶を探す表情になる。

「確か入院当時がCRP20超え。
 フェリチンは2000超えだったと思う。
 そのあとちょっと数値が上がっちゃったね。
 昨日の数値はCRP4.5、フェリチンは700位になってます」

半分以下になったってことか。
体が楽なはずである。

「ところで、体重が急に増えてますね。気をつけてください。
 プレドニンの副作用だと思うけど、糖尿病とか怖いですからね」

あっ、やっぱり体重増えすぎ・・・

「マスク外して、ちょっと顔を見せて?
 ・・・顔にはそんなに出ないですね~。ムーンになってない」

そうですか?ふっくらしたような気がするけど。

「肉が戻っただけですよ。
 普通はもっと独特な感じでパンパンになるんですが。
 まあステロイドの効きが悪いから、これからかもしれません。
 パルスはしません。
 熱も下がってきてますから」

はい、ありがとうございます。

ドクターKが去った後、急いで手帳に数値を書きとめる。

その夜、夫から連絡がある。
「出張で名古屋に来た。
 名物のでっかいカツの弁当を買って行ってやるよ~!」

そ、そんなカロリーの高いもの!

トリル「ごめん、気持ちは嬉しいけどいらない」
夫「えー?何でー?栄養つけなきゃー!」
トリル「いらないって!!
  もう夜だし、ご飯終わったし、
  ドクターに体重増えすぎって注意されたし、いらん!!!」
夫「部屋の人とわければいいよ。すごーくでっかいんだよ!」
トリル「糖尿病の人も部屋にいるし、
  そんなことは病院で許されてない!いらん!!!」
夫「えー、せっかくお前のために探してるのに~!」
トリル「いらーん!!!」

食欲に火をつけないでくれー!

しばらくしてメールが入る。
「売り切れてなかった~!ラッキ~!これ写真」

やめろーーー!おいしそうじゃないか!いやがらせか!

暴力的な食欲との闘いがここから始まった。


タグ : プレドニン ステロイド

同室の人はどんどん退院していき、私はすっかり部屋のヌシである。
(ヌシ・・・嬉しくないが)

入院期間は人それぞれだけど、平均10日間という感じ。
「早く良くなってね。残り少ないけど良かったら使って」
と、お別れにテレビカードをくれる。

新しい患者が入ってくる。
今まで60代までの比較的若い方が多かったが、
今度はお年寄りが続けてふたりだった。

おひとりは病状が重いらしく、
ナースが話しかけてもあまり返事ができない。
点滴の監視装置がつき、しきりにナースが様子を見に来る。
かなり大柄なおばあさんで、ベッドがきゅうくつそうであった。

もうひとりは対照的に細いおばあさん。
お若いときはさぞかし気が強かったのでは・・・
と全く失礼極まりないが、外見から勝手に想像する。

夜。

変な音で目が覚める。
音の方向から察するに、
大きいおばあさんがガタガタ何かやっているようだ。
ハアハア言う息遣いも聞こえる。

「トイレかな?
 でもこの人『勝手に動かないように』って言われてなかったっけ?」
監視つきの点滴装置が鳴り始めた。

廊下に出て行く気配がする。ええーっ!
「ガシャーン!!」と派手な音がした。
数名の足音がして、だんだんザワついてくる。
同室の人がやはり目をさまし、カーテンを開け、
「大変!」とナースコールをしたようだ。

廊下から「血が・・・」とか「起きられる?」とか、聞こえる。
しばらくザワザワとしていた。大丈夫だろうか?

次の朝、隣のベッドの人が詳しく教えてくれた。
大きいおばあさんは自分で点滴を引き抜き、
廊下に出て倒れていたらしい。
派手な音は、廊下の歩行器か何を押し倒した音だという。
それに点滴をむりやり抜いたので、血が点々と部屋から廊下に。

朝のチェックでナースが小声で

ナース「トリルさん、ゆうべはごめんなさいねえ~、眠れた?」
トリル「はあ、びっくりしましたが大丈夫です。
  おばあちゃんどうですか?」
ナース「よく言っておいたから。でも動きたい気持ちもわかるわねえ。
  お年寄りは自分が歩けないなんて信じたくないから、
  無理しちゃうのよ」

わかる気がする。

その後は、無理に自力で食事をしようとして、
お味噌汁をベッドにぶちまけるとか、
ひとりでポータブルトイレで用を足そうとして、
勝手にベッドから降り注意される、などの小騒ぎもあったけど、
ナースの言うことを少しずつ理解したらしく、
おとなしく養生するようになった。

ベッドが狭く感じるのか、いつも変な角度で曲がって寝ていて、
ナースが「あっ、またあ・・・どうしてなの~」
とちょっと笑いながら、体の位置を変える。
話はできなかったけど、何となく愛らしいおばあさんだった。

もうひとりのおばあさんは、反対にナースコールがひんぱんだった。
動けないので仕方がないが、
処置をしてナースが行ってしまうとまた鳴らす。

「背中が痛いー。ベッドを起こしてー」
「くだものが食べたい~」
「ベッドを寝かせてー。枕をずらしてー」

30分と置かず、ばんばん鳴らす。
ナースコールは鳴らすだけでいいのだけど、
コールをマイクのようにして思い切り用事を叫ぶのだ。

おばあさんの隣のベッドの人がたまりかねて、
「それ、マイクじゃないから。
 声は出さなくても看護婦さん来てくれるから」
とそっと注意するが、わかってもらえてないようだった。

でも日中はまだ良かった。
真夜中のナースコール。

「ご飯はまだかねえ~!お腹がすいた~」

ハッ、何、今の?暗闇で心臓がバクバクする。
時計を見ると、夜中の3時だった。
・・・もしかしてこの人、認知症だろうか?
ナースが駆けつけ、根気よくいいきかせる。

まだ夜中なんで、あと4時間待とうね。

「どうしてご飯をくれないの~。
 くだものが食べたい。氷が食べたい」
ナースが小さな氷を口にふくませ、
「夜中はできるだけがまんしようね。他の人も寝ているからね」
と小声でさとすが、わからないのか、
「ごはーん!」と叫ぶ状態がしばらく続いた。

私も夜中に熱があがるので、処置のためガサガサする。
お互い様な所もあるし、おばあさんを責める気は全くないが、
さすがにこのひんぱんなナースコールが、だんだん体にこたえてくる。

昼なかも「くだものちょーだーい!」「こおりー!」
とだしぬけに叫ぶので、心臓がビクッとし、
昼も夜もバタバタと出入りが激しいので、
睡眠不足がおぎなえないのだ。

ナースは
「トリルさん、大丈夫?安眠できてる?
 ちょっと部屋のこととか考えるからね」

その3日後くらいに私は隣の部屋にうつることになり、ひとりは退院。
私の移動後、
細いおばあさんの名札をナースステーション前の部屋で見つけた。

たびたび呼ばれるので、その方が都合が良かったのだろうか。
ナースステーション前は重症の人が多い。
具合が悪くなってしまったのだろうか・・・違うといいけど・・・

しかしナースはすごい。
何度呼ばれてもきちんと来て、できるだけ希望をかなえようとする。
だめなことはだめと優しい声で根気良く伝える。
ここは丁寧で優しいナースが多い。

よく「ナースは天使だ」といわれるけれど、
私にも本当に天使に見えるときがあった。

入院も3週間を過ぎたある日の朝
「今日は何となく楽なような・・・
 ちょっとベッドから足でも下ろしてみよう」
おそるおそる立ち上がった。

ベッドの枠につかまり、ゆるゆると歩いてみる。
「お、これはイケる!」

調子に乗って、枠から手を離し、病室の出口へ向かう。
「うわっ!トリルさんが歩いてる!すごい!大丈夫?」
同室の皆さんから驚きの声があがる。

照れながらちょっと振り返り「トイレに行ってみます」
(何かハイジの『クララが立った!立った!』みたいだな)

廊下のてすりにつかまりながら、ゆっくりトイレに向かう。
トイレは近い。
足は水中を歩いているように重いけど、大丈夫そうだ。

洗面所で誰かに付き添っていたナースが
「あっ!歩けるようになったの?初めて?すごいね。気をつけて!」
と声をかけてくれる。

無事に病室にもどる。ちょっと興奮してベッドに横たわる。
歩けたぞー!これからひとりでトイレに行ける!行けるぞー!
息は乱れているが、嬉しくてたまらない。

ドクターKの回診。
「歩けた?良かったですね~!
 でもあんまり無理して遠くまで行かないようにね」
前科(入院2日目に調子に乗って歩いて悪化)があるだけに、
慎重にしなければいけない。

そしてその4日後、体調もいいことだし、
財布を握って、1階の売店までがんばってみることにする。
外の空気を感じる所に行きたい。
さすがにエレベーターまで遠い。エレベーターの中のイスに座る。
助かるわ、イスがあって。

エレベーターから降りたら、ちょうど家族を見つけた。
お見舞いに来たらしい親戚と一緒である。
おーい!と手を振ったら、ギョッとして目を見張る。
「えーなに?あなたが歩いてると思わなくてびっくりしたわ。
 初めて1階まで来た?大丈夫なの?」

買い物をするからと、先に病室に行ってもらってお菓子を買う。
帰り道、ちょっとつらい。なかなか部屋にたどりつかない。

病室に戻ってベッドで休むが、
「顔が青いよ。無理したんじゃないの?早く寝て!」
すみません。ちょっと調子に乗ってしまいました。

「・・・もー、入院以来初めて歩いたの見たからびっくりしちゃって・・・」
と親戚に説明している。

さすがに大冒険であった。
数値が上がったら、ドクターに叱られる・・・かもしれない・・・


最近急に寒いですね。
ここの所の低気圧のせいか、手首足首の関節が痛くて
「もしかしてスティル再燃?」
「それとも関節リウマチに移行?」
とおびえています。
高気圧になれば、和らぐのでしょうか?
みなさまは大丈夫ですか?

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今回はお通じの話。
(苦手な方はご注意くださいね)


ナースが毎朝、前日の小水とお通じの回数を聞く。
同室の人につつぬけで、お互い様でもこれだけはちょっと恥ずかしい。

私はお通じがもともと不定期で、
2,3日に一回あればいいほうだったけど、
入院してますます不通になった。

入院当初、抗生剤を打っていたが、
抗生剤を使うと
「ゆるゆるになる人」と「出なくなる人」といるらしい。
私は「出なくなる人」だった。

あまりにお通じのない日が続くため
「お水、飲んでますか?」
「ごはんの量が少ないからかなあ?」
など色々質問されたが、抗生剤の影響と体質だと思う。

入院前から食事が出来ず、
トイレに行く体力もギリギリだったのだけど、
さすがに便秘が2週間を超えているため、薬を使うことになった。

ナースが聴診器で腸の音を聞く。
「うん、ボコボコいってるから、腸が動いてないってことはないよ」

最初の薬はプルゼニド。
病院では「赤玉」と言われている錠剤である。
腸を動かす薬。

トリル「急にお腹が痛くなるのはイヤ。
  部屋のポータブルトイレでしたくない。
  車イスでトイレに連れて行ってもらって間に合う?」
とさんざん不安を訴えて、まず1錠。

効果ナシ。

翌日2錠。

効かなかった。
同室の車イスの人もお通じに悩み、ナースに相談していたけど、
私とまるきり同じことを訴えていた。
考えることは同じだなあと思った。

「他のも試してみる?」ということで、次はラキソベロン。
液状で、水に溶かして飲む。
これも腸を動かす薬。
10滴位で効くらしいけど、次の朝もお腹はシーンとしたまま。

落胆して、15滴。
ダメ。
思い切って次は25滴。

効かない。

ドクターKが回診でカルテを見る。
「えーっと・・・ラキソ・・・25滴?!25滴でも効かなかったの?」
と驚く。
つくづく薬の効かない体質である。

「お年寄りは直接一本ラッパ飲みする人もいますけどね・・・」とナース。
いや、そんな荒ワザ、私にはできません・・・おそるべし、お年寄り。

『さすがに長期間お通じがないのはまずい』ということで、
悩みに悩んで決断し、とうとう最終兵器「浣腸」とあい成る。
ナースとふたり、トイレに閉じこもる。

「できたら5分、がまんしてね~」
3分でキタ。
しかし、5分がまんすればもっとスッキリするだろう!
と欲張ったのが裏目に出る。

じょじょに便意は喪失していく!
しまった!作戦ミス!

少しはスッキリしたが、完全ではない。
「まあまあ。少しは出たんだし。腹筋も腸も弱ってるからね」
ショックで打ちひしがれる私を、ナースは慰めてくれた。

しかし、毎度浣腸というわけにはいかない。
薬剤師登場。

あまりの薬の効かなさにドクターが頼んでくれたのだろうか?
(今回は、例の男前薬剤師ではなかった)
「パントシン散と酸化マグネシウム、持ってきましたよ~」

パントシン散は、腸を動かす。
酸化マグネシウムは、便を柔らかくし、便量が増え、
出口へグッと押し下げるらしい。
ダブル攻撃である。

しかし、これがものすごくマズイ。
砂を噛んでいるようで、口がじゃりじゃりする。

わがままなど言ってる場合ではないのだが、体が拒否し、
毎食後飲む度ゆううつになってくる。
その上、効いたような気がしない。
お腹だけがパンパンに張って苦しい。

最終的に、最初のプルゼニドを3錠にし、
パントシン散&酸化マグネシウムペアを気が向いたら飲む
ということで落ち着いた。

毎日毎日他人のお通じの状態を、
リアルにこと細かく聞かされるのもたまらなかっただろうに
(ナースに話すのが聞こえてしまう)
同室の人が「薬が決まって良かったね~!」と祝ってくれた。
嬉しいけど・・・恥ずかしかった。


タグ : プルゼニド ラキソベロン パントシン散 酸化マグネシウム 便秘

ドクターKが血液検査の結果を知らせに来る。

「熱もピークが39℃台になりましたね。
 どうですか、何か変わった感じは?
 血液検査の結果はだんだん良くなってはいますが、
 ドーンとした変化はなくて、
 ジリジリとCRPやフェリチンが落ちてる感じですが・・・」

良くなっているのね。良かった。
もはや38℃台が平熱で、
38℃台なら普通という、変なことになっている。
これでもかなり楽なのである。

人間って・・・慣れなんですね。

トリル「じゃあ髪、洗ってもらっていいですか?」
Dr.K「だめです」

即答ですか。
熱があるとシャンプーは許可してもらえないらしい。

頭はすでにかゆいを通り越して、何も感じなくなっていた。
自分で匂いもわからない。
プレドニンを飲みはじめたら変な汗が出る。
ボルタレンの汗とは違う、何となく油っぽい感じ。

特に足の裏の指の下のあたりがぬるぬるした感触。
拭いても拭いてもぬるぬるで気持ちが悪い。
ベッドに寝て、そこが当たる所にバスタオルを敷いてもらった。

バスタオルを替えてもらうと、白い粉が舞い上がる。
家族がうっかり勢い良くめくったら、ブワッと舞い散り、
「うわー!何じゃコリャー!ギャーっ!」と大騒ぎされてしまった。

毎日体を拭いてもらってるんだけど、
皮脂がボロボロ落ちてしまうのだろうか。
何と言うか不思議な薬だなあ・・・

ドクターK。
「ステロイドの効きは遅いですが、
 効くことは効いているように思います。
 ステロイドパルスも考えてますが・・・」

ステロイドパルス!やっぱりやるの?

「考えてますが、おそらくやらないと思います。
 このままもう少し様子を見て、
 次の血液検査の結果で判断しようと思います」

やらないのー?

毎日ボルタレン座薬で熱を下げて、のどの痛みも抑えている。
思うように動けないが、体の痛みは少しましになってきている。
このままじょじょに痛みがなくなっていけばいい。
とにかくトイレに自力で行きたい。
そればっかりを考えていた。

タグ : ステロイドパルス

数珠

ある日、
しばらくぶりに病室にあらわれた夫の手首に見慣れないものが・・・

数珠?!

「ちょっ!それ!突然!なに!」

ギョッとする。
私、そんなに病気が悪いのだろうか?
ゴムに通された、手首にフィットする小さな数珠を凝視する。
夫は超現実的で、
そんなことをするタイプではないので、ものすごく驚く。

元気のない夫は話し始めた。
目が赤い。

「実はさあ、部下になる予定の人が突然亡くなって・・・心臓で・・・
 若いのに突然だよ。
 誰にも気がつかれないで、家でひとりで・・・
 お前より若いよ。

 亡くなった次の日からオレの所に配属の予定だった。
 その人は仕事で色々あって、オレは相談に乗ってきたんだよ。
 うちの家族もお前のほかにひとり入院しただろ?
 もうひとりは熱出して、点滴受けに行ってるだろ?
 オレの厄じゃないかって・・・さすがに考えたよ」

私も入院しているし、
もう一人は元々予定はされていたが、ガンの手術で入院である。
もうひとりは急な熱で通院で点滴。
一晩中看病となったらしい。
他の残された家族は、大騒ぎである。
私も何もできないし、オロオロしている。

「親戚が心配して山のお寺でおふだもらってきてくれた。
 お前のためにって。
 すごくご利益あるんだって。
 観音さまは優しいから、観音さまのおふだだって。
 オレの厄もお祓いしてきてもらった」

日ごろ「オレ様」で「超自信家」の夫であるが、
こんなにも憔悴した様子を初めて見る。

私は特に何かの宗教を信じているわけではない。
法事があればお経を読み、正月は神社に行って拍手を打ってくる。
その程度である。

でも私も病気になってから、
ベッドの上でできることは祈ることだけだった。

特に何の神様にというわけではないが、
目を閉じて「早く治りますように」とお願いする。
虫のいい話だけど「苦しいときの神頼み」を自然にしてしまうのだ。
何かすがれるものを、心の中で必死に探している。

おふだ、ありがたい。
誰かが治るよう祈ってくれることが心にしみる。

手紙をくれたり、お見舞いにメッセージをつけてくれる人もいる。
「早く良くなって、一緒にお茶に行きましょう。待ってるからね」

うう・・・目がうるむぞ。
大事にベッドサイドに貼り、何度も何度も読む。

お会いしたことはないけれど、夫のご縁の、部下になるはずだった方。
心細くはなかっただろうか。
安らかに眠られたのだろうか。

ご本人や残されたご家族を思うと、ひとごとではなく、胸が痛む。
ご冥福を私も祈ります。合掌。


「スティル病」と、ただ聞いただけでは、普通何の病気かわからない。

聞きなれない病名だし、想像ができない。
例に出して申し訳ないけど、
「橋本病」とか「川崎病」これらも聞いただけではわからない。

「甲状腺何トカ症」とか「大腸性何トカ炎」
これらは詳しいことは分からなくても、
病気の症状は何となく見当がつく。

大体「膠原病」自体が、何と言うかモヤモヤとしたイメージで
身近に患者がいない人は
「聞いたことあるけど、説明しろといわれたら出来ない」
レベルではないだろうか?

けっこう「あそこに住んでる誰々さんも膠原病なんだって」
という話をされるけど、

「で、膠原病の何と言う病気?」と聞くと
「え?何の病気ってどういう意味?膠原病は膠原病でしょう?」
という会話になってしまう。

入院から約3週間後、初めてお見舞い客があった。
ある関係でどうしても会う必要があったけど、
家族が「まだちょっと病状が安定してないので」
と、今まで親戚でさえも断り続けていた。

ずっと見舞いを遠慮してもらっていたため、
さぞかし深刻な状態と想像されていたらしいけど、
ベッドに普通に寝ている私を見て
「あっ、もっと点滴とか酸素マスクとかで
 チューブぐるぐるかと思ってた。
 ・・・意外でした」
と言った。

かなりお待たせしただけに、
いわゆる「スパゲッティ状態」を想像して来るらしい。
これはこの見舞い客だけではなく、
このあと続く見舞い客のほぼ全員がそう言った。

「点滴もないの?」
何となく拍子抜けされるのだ。

「ないんですよ。最初はありましたが。薬もこれだけです」
とテーブルの上のプレドニンとガスター20を指す。
ますます拍子抜けされる。

薬はけっこう強烈なステロイドだけど、
そんなことは普通はわからない。

点滴等ナシ+薬類少量=だいぶ回復 に思って当然かもしれない。
見た目はやせたけど、
あとは顔が荒れている位なので、重症感がないらしい。

実際はトイレにすら歩いて行けない状態だけど、
それはわからないのである。

中にはどんな病気かつっこんで聞く人もいたけど、
「スティル病」と言うと詳しく説明しなきゃいけなくなるし、
自分もまだよくわからないし、面倒だから病名を言わず、

「膠原病で、中でもちょっと珍しいみたいですよ」
と無難に濁したら
「膠原病なんて、別に珍しい病気じゃないよ」
と返されて、自業自得だけどショックを受けたこともあった。

別に「特別扱いをしろ!」とかそういう意味でなく、
「症例が少ないみたいだから、ちょっと不安ですね」
ぐらいの意味だったんだけど。

「膠原病」という病気が「それ自体が病気の名前」と解釈され、
総称と思われていない。
私も以前はそう思っていたので、人のことは言えない。無理もない。

ナースでさえ「スティル病って初めて聞きました。勉強してきますね」
と言う位なので、それだけマイナーな病気ということなのでしょう。

マイナーな病気は孤独である。
お見舞いはうれしい。
時間もお金も割いて、わざわざ来てくれて本当にありがたい。

でもけっこう不安や苦痛と闘っていることを
わかってもらえないのは、さびしい。

そこまで望むのはわがまますぎると分かっていながら、
こんなことで落ち込むこともありました。


タグ : スパゲッティ状態

プレドニンの量は30mg。
体が痛く、小さい粒を薬のシートから出すのが大変なので、
ナースが小さい容器に全部開けてくれる。

感染症が怖いので、手洗い、うがいをするようにたびたび促される。
しかしうがいはともかく、手洗いはそうそうできない。
ベッドから降りるのが大変だから。
マスクをもらい、ずっとしていた。

「夏はねえ、特に手洗いが大事ね。細菌が繁殖しやすいから。
 逆に冬はねえ、うがいが大事なのよ。乾燥してるからね。
 マスクしてるの?いいことだねえ~!
 で、どう?関節は痛い?」

と、ベテランドクターGと主治医ドクターKが連れ立ってあらわれた。
こういうときは主治医であれど、ドクターKは黙って控えている。

トリル「関節よりも筋肉が痛いんですよ。
  関節はそんなに痛くないです」

毎度「関節は痛いか?」と聞かれ、そのたび同じことを言うのだけど、
関節の痛みの方が重大なことなのだろうか?
筋肉を何とかしてほしいのだけれど。

トリル「右足のくるぶしのあたりの筋が腫れて痛いんですが」
Dr.G「ふ~ん?見せて?右足だけ?」

なぜが右足だけ赤く腫れている。シーツに擦れると痛いのだ。

Dr.G「う~ん、腫れてるね。
   ちょっと指も見せて?・・・指は大丈夫ね」

びっくりする。
トリル「指?指がどうなるんですか?」

Dr.G「全身血管炎のリウマチがあってね。
   それもちょっとだけ疑ってみたんだけど、違うようだね」

リウマチ?

トリル「それだとどうなるんですか?」

Dr.G「まず指の関節が腫れたりね。
   あと、曲がったりね。でも痛くないんでしょ?」

トリル「朝こわばったりはしますけど、痛いという感じはあんまり・・・
  筋肉がとにかく痛いんです」

Dr.G「うんうん、大丈夫よ。
  そしたら、あとはK君、足の腱の薬を出してあげてね~」

指が曲がる?
思わずじっと手を見る。

リウマチという名前はよく耳にするけど、
節々が痛いだけの病気だと思っていた。

ドクターGが去った後、ドクターKが引き継ぐ。
トリル「リウマチ・・・ってお年寄りの病気じゃないんですか?」

ドクターKは苦笑する。

Dr.K「違いますよ。子どももなりますし、大人もお年寄りもなります。
   スティル病はもともと子どもの病気だけど、
   大人にも同じ症状が出るので、
  『成人』スティル病っていうんです。
 
   若年性関節リウマチの中には色々な型がありますが、
   そのひとつがスティル病です」

トリル「では、私はリウマチということですか?」

Dr.K「う~ん、リウマチの仲間って感じかな。
   足はボルタレンの塗るやつを出しておきます」

何だかよく分からないけど、リウマチ系の病気ってこと・・・?
だから痛いの・・・?

この説明、リウマチどうのこうのって、前にも聞いたかもしれない。
入院間もないときに、ドクターKが
「その痛がり方、リウマチみたいですね」
って、言ったような記憶がほのかに・・・

それは老人の病気では?と冗談だと思って聞き流したけど、
本当にリウマチ系の病気って診断になるとは・・・
それにまだ除外診断、終わってなかったのね・・・

熱は40℃を超えなくなった。
もしかしてステロイドが効いてきたかな?と嬉しかった。

タグ : リウマチ 若年性関節リウマチ

スティル病でかかっている総合病院の皮膚科の先生は、
入院時に皮膚の病歴を私に聞きました。

先述のA皮膚科の先生は、ご自分の処方した薬で
私にアレルギーが出たと認めませんでしたが、
しっかり診断してくれたのは、別の内科でした。
メモはその内科の先生のものです。

メモを、スティルの病院の皮膚科の先生に見せたとき、
「これ、高校時代、薬でポツポツが出来た皮膚科のメモ?」
と聞かれましたが、

いきさつを話し、違う内科できちんと診断され、
「アレルギーを聞かれたらこれを見せるといいよ」
と、進んで書いてくれたことを話しました。

現皮Dr.「その内科はどこ?」

トリル「地元から一時離れましたので、県外の内科です」

その会話の後
「・・・で、『薬のせいって、勝手に決めるな』って、
 どこの皮膚科に言われたの?」

と、やっぱり直球で尋ねられました。

言っていいのか・・・

頭の中で考えたことは、

同じ皮膚科医師ならどこかで交流もあるだろう。
そんなに遠い場所じゃないし。
もしこの先生と仲が良かったら、不興はまぬがれない。

という、私の計算です。
正直な気持ち、
ここの先生に嫌われたら入院生活がしにくいな、と思いました。

悩んだあげく、言いにくいけれど正直に言いました。
先生はあさっての方を向き、わずかにうなずきながら

「・・・ああ、ふ~ん。ほうほう」
と、よく分からないリアクションでしたが。

もしかして、ご存知?
こっちがA皮膚科の業界での評判を聞きたい位です。

ふたつ前の記事で書きましたが、
今の皮膚科の先生の強い言葉が怖かったり、
ムッキー!となったのは、
もしかしてA皮膚科のトラウマというやつだったのでしょうか?

自分では忘れかけてたイヤな話だったのですが、
書いていくうちにどんどん思い出しました。

私のこの場合は、
わけのわからない医者がイヤだったのが病院を替えた理由ですが、

診断に納得いかなかったり、違う医者の意見も聞きたいのなら、
他の病院の受診も当然OKだと思います。
単なるドクターショッピングではいけないけれど。

「医者の言うことを患者は黙って聞いてればいい」
という時代は終わろうとしていますね。

今はセカンドオピニオン・サードオピニオンを認める病院も多く、
患者にとって、よい時代になってきました。
レントゲンなどの患者のデータも、提供してくれます。

大きな手術などは、自分の命がかかっています。
努力しても信頼関係が結べないなら、黙って病院をかわってもいい。
わざわざ「もう来ません」なんて宣言しなくていいから。
検査などは始めからやり直しになるけど。

欲しいデータは「ください」と言ってみる。
ダメかもしれないけど。
質問があれば、どんどんしてみる。
うっとおしがられかもしれないけど。

紹介などの義理やガマンで、
ひとつの病院に決めるなんてしなくていい。
そう心に決めて、今後何かあったら面倒くさがらず、
また病院を探すつもりでいます。
(今の病院は良いと思ってますよ)

それから、病歴をまとめたノートも作ろうと思います。
スティル病のような大きな病気は初めてですが、
CRPや投薬量、症状や経緯をまとめて、
もし再燃があった場合に備えようかと。

引越しや何かの事情で、同じ病院にかかるとは限りませんし。
既往症や薬のアレルギーもしっかり書いて、
治療がスムーズに行くようにしたいと思います。


昨日の記事に関連して、スティル病とは少し離れた話になりますが。

過去に違う病気で、たくさんの医者に診てもらったけど、
「もう絶対に行かない!」と憤慨した経験があります。

一番に思い出すのは地元のA皮膚科でした。
スティル病の病院の話ではありません。

私が高校生の頃でした。
何か出来たのは足でしたが、
「足だけです」と訴えているのにもかかわらず、
「服を下着一枚以外、全部脱いで立って」
と言われ、ギョッとしました。

え?めくるんじゃなくて、脱ぐ?全部?

「足だけなんですけど・・・全部・・・ですか?」
「全部です!全部見なきゃわからないだろう!
 さっさと脱ぎなさい!」

すごい剣幕に仕方なく脱ぎましたが・・・
納得はできませんでした。何か変だと。

もらった飲み薬と塗り薬をまじめに使っていたのですが、症状は悪化。さらに発疹が出来てかゆいので、
飲み切る前にまた受診に行きました。

「薬を飲んだら指にポツポツが出来てきたようなんですが・・・」
と切り出した私に、先生は

「何で薬のせいと決め付ける!何でそんなことがわかる!
 あんたは医者のつもりか!」
と怒鳴りつけました。

パッキングされた飲み薬と、
何の印刷もされてない、白いチューブの塗り薬の名前も
これからのためにと思って、勇気を出して聞いてみましたが、

「何でそんなことを知る必要がある!医者にでもなるつもりか!!」

感情的な言い方に、「何か変なこと言ってしまったのか?」
と思って謝りましたが、私は間違ってました。

謝る必要なんてありませんでした。

一緒についてきた家族にも、
看護婦さん(この医者の奥さんらしい)から暴言を吐かれました。

「この人たちねえ~、先生の診察が間違ってるって言ったんですよ~。 信じられないでしょ~?非常識な人たちですよね~」

と待合室で待っている、他の患者さんに向けて聞こえるように。

お金を払う間も

「さっき診察室に呼んだのに待合室にいなかったでしょ~?
 誰かこの人たち見た人いますか~?
 どっか行ってましたよね~?」

など、全く心あたりのないことなのに、
大声でずっとののしられ続けました。
帰るまで。

「診断が間違っている」とは言ってません。

「薬が体に合わないように思える」と言っただけです。

これ以降、当然、このA皮膚科には行きませんでした。
この皮膚科の前を通るのも、寒気がするほどイヤでした。

服を全部脱ぐことを強制された時点でおかしいと思ったのに、
二度目も行くなんて、本当にバカ丸出しです。
別の病院でアレルギーも含めて診てもらえば、
それで済む話だったのに。

その後、遠くても評判のいいお医者さんを探すようになりました。
どんな症状でも、
必要もないのに全部脱がせて立たせる医者なんていませんでした。
脱ぐ必要があれば、
半身ずつとか、毛布をかけるとか、配慮してくれます。

今はいいですね。薬にはちゃんと名前が書いてあるし、
副作用の説明書までつけてくれます。
さらに詳しく調べたければ、ネットでいくらでも見られます。

※恨み言を情熱的に書きすぎて、長くなってしまいました。
 続きがありますが、次回にしますね。

皮膚科の先生はちょっと丸っこくて(失礼)、
俳優の何とかさんに似ている。
名前を思い出せないけど。

入院初日、白衣の軍団にぐるっとベッドを囲まれたとき、
質問の仕方がえぐるようだったため、怖い先生かと思っていた。  

初日「薬にアレルギーはある?」と聞かれ、

トリル「ええと・・・ペニシリン系ともうひとつ・・・
  何かあったんですが、今思い出せません」

皮Dr.「あっ、そう。何でアレルギーと思ったの?何かあったの?」」

トリル「手の指の爪の横に細かいポツポツが出来たんです。
  すごくかゆくて」

皮Dr.「それは確かにその薬のせいなの?何か証拠ある?」

トリル「(ムッキー!)あります!
  以前、お医者さまに書いてもらったメモがあります。
  家族に言って、明日、家から持ってきてもらいます。
  それでもいいですか?」

皮Dr.「いいよ。また見せて。
   熱が出始めたときに、家で何か飲んだ?異常なかった?」

トリル「市販のかぜ薬を・・・効きませんでしたが」

皮Dr.「ま、かぜじゃなさそうだから効かないわな」

文字にすると厳しさもそう感じないが、口調が怖かったんだと思う。
病名も全くわからないころだったので、
投薬もなお慎重にしなければならず、
自然、詰め寄るようなニュンアンスになったのだと今は思う。

次の診察でメモを見せたら、
「ふんふん、はい、わかりました」
と、ご機嫌な様子でカルテに書き込み、
(何かこの間とずいぶん印象が違うな)と不思議に思った。

前のお医者さんはこのメモを頼まないのに書いてくれて、
親切だなあと思ったけど、こんなに役に立つとは。
良かった~、きちんと保管しておいて。

皮膚科の先生は、
彫刻刀で削られたような顔の発疹の方の薬を出してくれた。

ゲンタシンクリーム

皮Dr.「うすーく塗ってね。
   でもかゆかったりしなければ無理に使わなくていいよ。
   これは気休めだと思って」

体のリウマトイド疹の方は、いつの間にか消えてしまっていた。
出ているときに、写真を何枚か撮った。

ドクターKがお願いしていてくれたのだと思うけれど、
皮膚科の先生の診察の機会はたびたびあった。

しかし入院最初のころは検査づくめで、
皮膚科に呼ばれる時間はタイミング悪かった。

私がいつも不在か、終わってからも体調が悪く、ナースが
「熱があるし、つらそうだね。今日はやめとく?
皮膚科は絶対受けなきゃいけないことはないから」
と受診をやめることもあった。

とりあえず検査最優先の方針のようだった。

こんなことが続いたためか、
皮膚科の先生は忙しい外来の時間が終わると、
病室にたまに来てくれるようになった。

びっくりして恐縮したが、
「いいんだよ~、気にしないで~。
 顔は治ってきた?他に何か出来てない?」
と気さくな調子だった。

最初に「怖い先生」なんて思ってすみませんでした。
真剣だったからなんですね。
ムッキー!となった自分を反省して、治るよう努力します。

ベテランドクターGがおなじみのワゴンで
ガラガラガラ~っと部屋を訪れた。

Dr.G「トリルさん、ステロイドが効かないって?
   ちょっと顔見せて~?
   あ~ふくれてないね~。
   あのね、薬が効いてると副作用もしっかり出るものなんだけど、
   効いてないと副作用も出ないの」

そうなんですか?何だか初めて知ることばかりである。

しかし、ステロイドが効かないとして、
他に治療法はあるものなのだろうか。

動けないから情報を調べることもままならないし、不安は増すばかり。

焦る。

熱は今度は40.7℃。新記録となってしまった。
体温計を見たとき、私は少し笑ってしまったのである。
精神的に壊れてきているのだろうか?

誰にも八つ当たりはするまいと決めていた自分だったが、
初めてドクターKにかみついてしまった。

トリル「どうして熱が下がらないどころか、
  どんどん上がってきてるんですか!
  ずうっとですよ!もう熱にはウンザリです!」

ドクターKも困ってしまったと思う。
スティル病とやっと診断し、ステロイドに踏み切ったら悪化している。

Dr.K「ステロイドの効果がまだみられないのは確かです。
   のども再診の結果、異常なかったようですが・・・
   不安かもしれませんが、プレドニンの量は変えません。
   このままでもう少し様子をみます」

このままで・・・?

このままでは同じじゃないの?
続ければ何かが変わるの?

焦っても仕方がないけど・・・

複雑な思いは消えないけど、
きっぱりしたドクターKの言葉に少し落ち着き、
また明日を待つことにする。

同じ部屋の若い女性が外泊から帰ってきて、プリントを3枚くれた。
「ステロイドについて、友達がネットで調べてくれたんですよ~。
 トリルさん、良かったら見ますか?」

私のためにわざわざ?お友達が?
ありがたく見せてもらう。

前に男前薬剤師さんにもらったプリントを
さらに詳しくしたような内容だったけど、
ひとつ、特に目を引くものがあった。

-ステロイドパルス-

大量のステロイドを点滴で短期間に入れるものである。
これは病気が急激に悪くなっている場合に
用いられることが多いようだ。

こんな治療法もあるのか・・・ダイナミックだわ。

若い女性は
「私も入院して一時期プレドニン飲みました。
 ほんの一時期だけど。
 で、すぐにほっぺがぷくーっとしてびっくりしましたよ」

えっ!そんなすぐに副作用が出るものなの?
何でそんなに反応が早いの?若いから?
(と一瞬思ったけど、違うようだ)

耳鼻咽喉科の時間になった。

先生は私の今までのデータを見て、
のどを内視鏡でもう一度診てくれた。

が!

「スティル病の影響だと思う。
 前にも言ったけど、のど自体の病気ではない」

と断言した。

何だかウンザリしているように聞こえるのは、気のせいだろうか。
「しつこいよ」と暗に言われたようで、ちょっとしょんぼりする。

でも!でも!断言してくれるのだから、信じようじゃないか!
のどの病気の可能性はないって太鼓判を押されたんだ!
いいことなんだ!元気出そう!

そう決めて、それでもちょっと肩を落としつつ、
病室へ車イスを押されて帰った。

でも。

これから自分はどうなるのかな~という不安は、全然消えなかった。


プレドニンを投与されて何日かたったけど、
熱はあいかわらず下がらなかった。

それどころか39.8℃止まり位だった熱が40℃を超えた。

40.6℃。

すごい悪寒で震えが止まらない。
その悪寒の最中にドクターKが病室へ入ってきた。
夕方だった。

Dr.K「熱が上がってますか?」
眉を寄せて私をじっと見、カルテの熱グラフをプロっぽく一瞥する。

Dr.K「・・・トリルさんはステロイドが効きにくい体質みたいですね。
   普通はスパーン!っと効いて、
   一時的にでも熱が下がるんですが」

熱のグラフはみごとに鋭角にギザギザで、
熱の乱高下を表わしているが、
下がるのはボルタレンを入れたときだった。
ボルタレンを使えば、38℃台まで下がる。

Dr.K「スティル病の熱は感染症の熱と違い、頭ははっきりしてます。
   だから明瞭に話せるんです。
   それも特徴なので、
   トリルさんがスティル病と判断した一因なんですが・・・」

そうなのか。
熱のわりにベラベラしゃべれて不思議だとは思っていた。
インフルエンザなんかだと
頭がボーっとしてロレツがまわらないもんね。
同じ高熱でも種類が違うと初めて知った。

Dr.K「副作用はどうですか?」

心配していた副作用だったけど、
ムーンフェイスになった感じはしない。
ナースにも「顔がふくらまないね」と言われていた。

Dr.K「のどの感じはどうですか?」

あいかわらず痛い。
ボルタレンが切れるとものすごく痛い。

Dr.K「ぼくはスティル病だと思うのですが・・・
   こんなにもステロイドが効かないようでは、
   違う病気ももう一度疑ってみたほうがいいような気がします。
   明日、耳鼻咽喉科に予約を入れます。
   もう一度診てもらってください」

のどをもう一度ですか・・・
気が重くなる。

前に咽喉科の先生に
「のどの病気ではない」と断言されたような覚えがある。
でも念のためもう一度。

やっと病名がはっきりして、あとは治療のみと思っていたのに。

脱力感に目を閉じる。


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