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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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2006年5月最終週 
病院へ行った次の日の調子は良かった。
このまま治ると思ったが、翌々日のどが痛くなりはじめる。

ウイルスということだし、体がやっぱり弱ってるなあと・・・
寝ていたけれど、だんだん体が痛くなってきた。
筋肉が痛い。
痛みは急激で、寝返りも打てない。
体がこわばり、布団すら自分でかけられなくなっていた。

のどの痛みも激しくなり、食欲はそこそこあるけれど、
ものが飲み込めない。
こんなにものどが痛いのは初めてだった。

熱は39.1℃。
歩くのもだんだん困難になり、トイレに行くのが本当につらかった。

ベッドから立ち上がるのに、30分位はかかったと思う。
全身の筋肉が痛いので、
立ち上がるときに、どこにも力をいれることができない。
だからトイレに行くのには、
せっぱつまらないうちから立ち上がる準備をした。

もう、動く用事はトイレのみ。
頭の中もトイレのことばかり。
お風呂はもちろん、着替えも何日もしていない。
歯も磨いてないし、相当な状態だろうな・・・

「救急車・・・呼ぼうか?」と家族が言う。
確かに車まで歩けない。
のどが渇いているのに水も飲めない。
その上汗をかいているので、脱水症状は確実なようだ。

しばらくためらったが、あきらめて救急車を呼んでもらうことにした。
家族に肩を貸してもらい、玄関まで引きずられるようにして歩く。

サイレンが鳴ってストレッチャーが玄関まで来る。
「お名前はー?」「住所はー?」「何歳ですかー?」
救急隊員が大声で叫ぶ。
玄関マットの上で寝たまま答える。
名前や住所が聞きたいわけではなく、意識レベルの確認ですね。

救急車には前にも一度、違う病状で乗ったことがあるけれど、
そのときはそばにいた家族が横から答えてしまい、
隊員の方に
「あなたに聞いているんじゃない!
 この人(私)の意識の確認をしてるんです!!」
と注意されていた。
その時は、非常事態なのに少し笑いそうになったことを思い出した。
でもやっぱり病人は苦しそうだし、近くにいた人が答えちゃうよね。

救急車が来たことで自分でも安心したのか、
呼吸がだんだん激しくなってきて、
意に反して涙がにじんでくる。

「安心したので過呼吸」ってのも変だと思うけれど、
ずっと不安で緊張してたので、
本来の状態が出てしまったのかもしれない。

担架に固定され、ストレッチャーに乗せられ、ガラガラと移動する。
ストレッチャーはわりと軽い素材で出来ているのか、
地面からの振動がストレートに体に響いた。

空が見える。晴れていた。青くてまぶしい。
こわばる腕で顔を隠す。
寝たまま空を見ながら移動するって、変な感じだった。

近所の方、来てるだろうな~と思って腕の下から目だけ動かすと、
やっぱり見える範囲で3人くらい、
道をあけて救急車のそばに集まっていた。
お騒がせして申し訳ない。でもあんまり見ないで。
着替えてないんです・・・

救急車の中で、希望の搬送先の病院を聞かれる。
過呼吸で手の中指だけが手のひら側に折れているのを指摘され
(そうなるのが特徴のようですね、初めて知りました)
落ち着いて隊員さんと一緒にゆっくり呼吸してもらう。

隊員さんは、私の熱を計ったり、
ひとさし指の先を小さなクリップのような機械でパチッと挟み、
データを取ったりしている。
血中酸素濃度でしょうか?

外が見えない状態で寝ていると、どこを走っているのかよくわからず、
車の動きの予想がつかないので、酔いそうになる。
そして、けっこう揺れる。
ふわふわ心もとない感じがずっとしていた。

救急車が一気に坂を登るような感じがして、病院についたようです。

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2006年5月下旬 
家族が病院へ行くようすすめる。
熱があるわりに動けるので、自力で病院に行く。

初診用紙に症状を記入。
「熱が2週間続く。体が痛い。首が固まって動かしにくい。
 頭が痛い。だるい。風邪薬を飲んでも改善しない。」など。

血液検査と尿検査とレントゲンを撮った。
ドクターは「血液に炎症反応があります」
首にさわり
「レントゲンは異常ありませんが、
 熱が高いので髄膜炎の検査をします。
 髄液を抜きますが、時間ありますか?」

ギョッとする。

「髄液を抜く」ってあの腰に針を刺して、すごく痛いとウワサの・・・
「いや、あの、時間はあの・・・家族が・・・日を改めて・・・」
とわけのわからない言い訳をしてみたが、
ドクターの目力にあっさり負ける。

ベッドの上に横向きに寝て、
ひざを抱えてできるだけ丸くなるように言われる。
服がめくられ、
背中の真ん中から外に向かって渦巻きを描くように、
ぐーるぐるとゆっくり、何か濡れたものが塗られている。
消毒?麻酔?

「動かないでね、はい、ちょっと痛いよ・・・」
怖いけど、何をしようとしているのか見たい。
それでちょっと頭が動いてしまったらしい。
 
「動かないで!」「動かない!」
ドクターとナースにダブルで叱られる。
それを2度ほど繰り返し(子どもか!)針のようなものが刺さった。

痛い!しかし我慢・・・何かグリグリした感触が気持ち悪い。

短かったような長かったような時間で穿刺は終わり、
頭を絶対上げないように、2時間ほど寝ているように言われる。
枕なしで。
減った髄液が安定するまで、ということらしい。

「髄液の色で大体わかるけどね。透き通ってるから、多分大丈夫。
 検査にまわしてきます」
ドクターは採った髄液の小瓶をチラリと見せ、去っていかれた。
髄液は無色透明で、トロリとしていてきれいだった。
初めて「髄液」というものを見た。

結果、髄液に異常なし。髄膜炎は否定された。
「しかし、体の中でウイルスが暴れているようですね。
 頭痛の薬を出しておきます。
 安静にして、また何かあったら来てください」
 
安心して病院を出た。
これといった病気ではなくて良かった。
これで治ると思っていた。


2006年5月初旬 
5月だというのに雨が多かった。
五月晴れも数えるほどしかなく、寒かったのを覚えている。
むこうずねが特に沁みるほど冷えたけど、
「気候のせいかな」と思っていた。

犬の散歩に行ったとき、膝の後ろがつっぱる感じがして、伸びない。
歩いていて違和感を感じた。
散歩も実は億劫だった。気が乗らないというか。
何に関してもやる気が起きず、最小限のことだけこなす。

熱を計ってみた。37.2℃ 微熱か・・・風邪引いたのかな。
紅茶にブランデーを垂らして、風邪薬を飲み、
早めに寝るようにしていた。

2006年5月中旬 
風邪薬を飲めば、汗をかいて熱が下がってスッキリ!
・・・とする予定だったが、
一週間たっても変わらないどころか熱は上がり、
38.5℃をしばしば超え始めた。
汗は服が濡れるほどかくけど、熱は下がらない。
体のあちこちが痛い。
「ずいぶんしつこい風邪だな」とうんざりしていた。


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