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プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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私を診てくださるドクターは他にも2人いらっしゃる。

ドクターKの上司にあたるドクターGと、研修医のドクターY。
ドクターGはときどき、ドクターYは毎日2回位である。

ベテランドクターGは、大きなワゴンにカルテをいっぱい載せ、
ガラガラガラ~という音とともに病室にあらわれる。
このドクターは入院時に
「あと12時間後に鎮痛剤ね」とおっしゃった方である。

「偉い先生」と聞いてから、
どうしても「白い巨塔」の東教授に見えて仕方ない。
動けないので、妄想ばかりしている。

ワゴンの音がすると
「東教授の総回診です」
というドラマのアナウンスが頭の中に流れる。
ひとりで回診にあらわれるのに。
白衣の軍団が後ろについてくるような気がする。

このドクターはリンパ腺を特によく診る。
あごの下に触れ、
Dr.G「普通はもっと腫れると思うんだけど・・・
   意外と腫れてないね。わきとかはどう?
   他にどこか腫れてたりしない?」
とリンパ腺方面が重点的である。

とても忙しい方らしく、院内PHSがしきりに鳴る。
そのたび部屋から出ていかれてフェイドアウト・・・
なことも多々ある。
ナースはワゴンを廊下に出し、いつの間にか診察終了である。

担当医はドクターKなので、別にいいけれども。
話の途中で行ってしまわれると
「ええ~っ!先生~!続きは~?」
と、最初は???となっていた。
しかしもう慣れた。
緊急の患者も多いだろうし。

もう入院も2週目に入っていた。
最初に同室になった人で、すでに退院している人もいる。
違う病気だし、比べても意味はないけど、やっぱりうらやましい。

綺麗にお化粧をし、
寝間着を外出着に替え、スリッパを靴に履き替えて、
すっきりと見違える姿で
晴れやかに退院していく同室者を見送る時はやっぱり
「良かったね」と思う。

短い間だけど、一緒に病気と闘った人だし。
「今度どこかでお会いするときは、お互い元気な姿で」と祈る。


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心臓超音波検査をした。

胸にゼリーのようなものを塗り、プローブを当ててモニターで見る。
技師さんはかなり長時間、あれこれ見てくださった。

狭いベッドで、右半身を下にした横向きの体勢。
胸の下に当たる部分はへこんでいて、なぜだかわからなかったけど、
検査が始まったとき、プローブを当てやすくするためと納得した。

心エコー室を後にする。
ナースが車イスを押してくれる。

ナース「トリルさんの担当医はドクターKですよね?」

トリル「そうですよ。お若い方ですね。真面目な感じの」

ナース「若いですよ。30そこそこですね。
  仕事もできるし、すごーく人気があるんです」

トリル「私よりお若いですね。人気あるんですか~。
  患者に?看護師さんに?(笑)」

ナース「患者さんにも人気があるんですが、看護師には特に(笑)」

などと話をしながら病室に着く。

夕方、ドクターKがあらわれた。

Dr.K「トリルさん、心臓は異常なしでした。
   プレドニン、どうですか?」

すでに朝、初めて飲んでいた。6錠30mg。
小さい粒にかかわらず、ものすごく苦い。

トリル「あんまり・・・変わらないような気がしますが、
  これから効いてくるのでしょうか?」

Dr.K「そうですね・・・
   今晩、熱がどうなるか、ちょっと様子を見ますね」

頼みの綱のプレドニンである。
小さいくせに強力なステロイド。
どうか効いてくれ!と祈るばかりだった。

十万人にひとりということは、日本に千人位ということか。
スティル病の患者の少なさに驚いた。

この病気の原因は何ですか?という私の質問に

Dr.K「原因は不明なんです。
   一番最初に病院にきたときに、
   ウイルスがあると診断を受けましたね?
   
  『何かのウイルスがこの病気の引き金になるのではないか』
   と言われてますが・・・
   詳しいことはまだ分かってないんです」

では、何に気をつけていればこの病気にならなかったのか、
わからないということになる。

Dr.K「プレドニンの説明は薬剤師さんから受けましたね?
   胃などを荒らすこともあるので、
   ガスターも一緒に服用していただきます」

ガスター・・・ああ、TVのコマーシャルなんかでやってるやつ・・・

わからない言葉があるので聞いてみる。

トリル「先生、さっきのCRPってなんですか?」

Dr.K「CRPは簡単に言うと体内の炎症の数値です。
   あなたの入院時は20を超えていて、
   さらに上がってきています」

そうだろうなあ・・・ぜんぜん良くなってる感じがしないから・・・
そして一番聞きたかったことを、聞いてみることにする。

トリル「・・・先生、この病気は治るんですか?」

ドクターKは一瞬考えるような目をした。
ほんの一瞬の間のあと、

Dr.K「・・・治ります」

・・・治るのかー!良かった~!

と、その時は単純に喜んだ。
今思えば、ドクターもどう言うか悩んだと思う。

医者の「治る」という解釈と、
患者のそれは違うと何かで読んだことがある。

本当に完治して、
薬もいらず病気になる前と同じ健康な状態に戻る人もいるでしょう。

患者はそれを望み、
「治る」という言葉はそういう意味を指して聞いていると思う。

でも医者の「治る」は、そこまで指していない場合がある。

多少の後遺症を含め、薬で症状を押さえ込むなど、
社会生活にそこそこ不便がない程度に、体の状態を持って行くことも
「治る」という言葉の範疇に含まれているのではないか、と。

実際は

「治る」
「治らない」
「どうなるか全くわからない」
「薬などでコントロールして病気の前の状態に持っていく」
「ひどい状態からは抜け出せるが、
 前の状態にまで戻すことは無理かもしれない」

など、ケースバイケースで細かい表現がある。

重複になりますが、
私はこのとき単純に「治る」と言われて喜んだけれども、
かなり後で、
『ドクターKが迷いながらおっしゃったのではないか』と思いました。

スティル病には「再燃」とか「寛解」とかいう言葉が使われる。

この言葉も後で知ったのだけど、多分ドクターの言葉は
「再燃の可能性もあるが、とりあえず寛解まで持っていく」
という意味だったのでしょう。

ドクターがそれを具体的に言わなかったのには、
何か意味があるのでしょうか?

でも私はこのとき
「治ります」と単純に言って頂いて良かったと思っている。

他に色々ゴチャゴチャ言われたら、
この痛み、この苦痛に耐えられなかったと、今は思っています。

私のつたないブログをご覧になって頂いて、ありがとうございます。

このころはペンが持てず、
メモを取れない状態だったので、記録がありません。
記憶をたどってポツポツと書いております。

医学用語などは文献等を調べ、
間違いのないよう気をつけておりますが、
私の勘違いなどで間違った記述があるかもしれません。

書きながら、言葉に困ることもあります。
もし間違っておりましたら、
お手数ですがご指摘いただけたら幸いです。

これは私個人の記録であり、
他の同病の方々と違う症状などもあるかと思います。

治療法も、お医者様によって違うと思います。
それらをお含みいただき、またご覧いただけたら嬉しいです。

いつもありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。


心エコーについて、主治医ドクターKの説明があった。

Dr.K「心臓超音波検査をします。
   心臓に菌が入ってないかを調べるためです。
   スティルとほぼ確定してもいいと思うのですが、
   感染性心内膜炎の除外のため、受けてきてください」

除外診断・・ある病気を確定するために、
     他に疑われる病気の可能性を外していくこと。

だそうである。
スティル病は診断が難しいらしい。

症状が似ている他の病気と間違えたり、
何の病気かわからないまま
診断がつかなかったりすることがあるという。

Dr.K「スティル病はこれといった菌が出るわけでもなく、
   症例も少なく、十万人にひとりの割合です。
   
   最初に確認したサーモンピンクのリウマトイド疹、
   続く不明熱、のどの痛み、関節痛、筋肉痛、CRPの上昇、
   高いフェリチン値、白血球の増加、
   
   まだ他にもありますが、これらの特徴があります」

Dr.K「不明熱が続く場合、
   ぼくたちはおおざっぱに言って、まず8割感染症を疑います。
   次の1割が悪性腫瘍・・・ガンなどですね。
   そして最後の1割が膠原病です。
   
   当てはまらない病気をどんどん外していって、
   最後に残ったのがスティル病だったんです」
 
Dr.K「フェリチンというのは血液の中の成分です。
   これがとても高くなる病気はそんなに多くはない。
   これでだいたい病気の種類は絞れるんです。
   
   最初に皮膚科の先生が背中を引っかいたのは、
   ケブネルの現象と言って、
   機械的な刺激で発疹が出るかどうか確認のためでした」
   

私はうなずきながら聞いていた。
血液検査で菌を探し、感染症の可能性を消すために抗生剤をうち、
CTやMRIでガンがないか探していた
・・・ということか。

まだ説明は続いた。


タグ : スティル病 感染性心内膜炎 除外診断

「この薬には副作用がたくさんあるんです。
 よく効く薬なんですが、これが残念ですよね」

と言って薬剤師さんから渡された紙には
『治療が終了すれば改善される副作用』」として

ムーンフェイス(顔が満月のようにふくらみ、赤ら顔になる)
食欲増進・肥満 食欲不振
顔がほてる 多汗・にきび・多毛
生理不順

また、『注意が必要な副作用』として

1.感染症にかかりやすくなる
2.骨がもろくなる
3.消化性潰瘍(胃・十二指腸潰瘍)
4.高コレステロール血症
5.不眠・イライラ
6.白内障・緑内障
7.大腿骨骨頭無菌性壊死

などと書いてあった。
本当に恐ろしい副作用である。
飲むのが怖い。

「ドクターの指示を守って、
 きちんと飲めばそんなに怖くはないですよ。
 何かあったらすぐ担当医に相談してください。
 質問はないですか?
 ではまた来ますね~」

と男前薬剤師は爽やかに部屋を出て行った。

・・・何と言うか、非日常のルックスだった。
ものすごいオーラにやられたのか、疲れた。
もちろん男前薬剤師はぜんぜんわるくない。
ただ男前なだけである。
それから男前さんだけでなく、妙に美人なナースの前なども緊張する。

自分がずうっとお風呂に入れないからだろうか。
入院前から入ってないし、考えてみれば1ヵ月近くになる。
だけど、体は拭いてもらってるのでまだマシだろう。

問題は髪である。
熱があるとシャンプーはNGで、ものすごくかゆい。
どんなにおいがするのか、本当に恐ろしい。

そんな状態の人間が、こんなきれいな人と向かい合っていいものか。
自分のこのひどい状態がよけい思い知らされる気がする。

だいたいきれいな人はいい匂いもするしね。
・・・あ、そうか。「気後れ」して疲れちゃったんだな。
何か卑屈になってるな。自分。

この後、心臓エコー検査が待っている。

タグ : 副作用

次の日の朝、見たことがない男性があらわれた。
白衣で茶髪で若い、ピカピカのオーラをなびかせた男前である。

「薬剤師のWです。プレドニンの説明にきました」

えっ、薬剤師さんですか・・・タレントさんかと思いました。
挨拶の後、説明が始まる。

プレドニンは強力に炎症を抑える作用、
 免疫の働きを弱めてアレルギー反応を抑える作用があります。
 炎症やアレルギーが原因である病気、
 免疫が過剰に働いて、
 自分自身の組織を攻撃してしまう自己免疫疾患に対して
 効果があるんです」

昨日、家族に病名がわかったことを言ったら、
膠原病について調べてきてくれて、
膠原病が自己免疫疾患であることを知った。

自分の免疫が自分を攻撃するなんてことがあるんだ・・・
私は膠原病が何かということすら知らなかった。

プレドニンは合成副腎皮質ホルモン剤で、
 副腎皮質ホルモンというのは
 もともと体のなかで作られているものなんです」

では、そんなに怖い薬でもなさそうな気もする。
しかしステロイドは強力な薬と聞いてますが。

「副腎皮質ステロイドホルモンが
 一般的にステロイドと呼ばれているんです。
 体の副腎という臓器から分泌されます。
 一日に体内で分泌される量が5mg、
 プレドニン1錠が5mgで、
 トリルさんが飲む量は・・・最初は6錠ですね。30mgです」

そんなに飲むんですか?

「もっと多い人もいますよ。
 症状がおさまってくれば量をだんだん減らしていきます。
 良くなってきたからといって、勝手にやめず、
 必ず担当医の指示に従ってください。
 絶対に!勝手に判断して飲むのをやめてはいけません」

どうしてですか?やめると何が起こるんですか?

「長い間飲んでいると、
 副腎が働くのを忘れてホルモンが分泌されなくなるんです。
 その結果、急性副腎不全やショックなどを起こしたり、
 病気が悪化したりします」

薬を飲むのにわざわざ薬剤師さんが説明に来るということは、
ある意味「取り扱い注意の薬」ということなのか・・・

何回か別の病気で入院したけれど、こんなことは初めてである。
普通の薬は1回飲み忘れた位では、
そこまで重大なことにならないもんね。

「では副作用についても説明しますね」

タグ : プレドニン

体重が6キロ減となっても、ブドウ糖などの点滴はされなかった。

ひと昔前は体力を落とさないためか、
すぐに「ブドウ糖点滴」となったけど、
時代がかわったのか、この病院の治療方針なのか、
そうする気配はなかった。

『食べようと思えば食べられるはず』と思われていたのかな?
聞いてみようかと思ったけど、結局聞かずじまいだった。
余計なことかな?と躊躇してしまったので。

外が暗くなり始める頃、ボケーっとTVを観ていたら、
ドクターKが部屋に早足であらわれた。

Dr.k「トリルさあん!病名がわかりました!」

        !!!えっ?突然?

Dr.k「スティル病といいます」

        は?スティル病

Dr.k「膠原病の一種です。これはまだ確定ではありませんが、
   もう少し検査し、除外診断をしていきます。
   あくまで今の所『スティル病疑い』ということです」

        除外診断ってなに?

Dr.k「抗生剤を使っても数値が悪くなる一方ですので、
   効果はなしとみなし、投与を中止します。
   今はスティル病『疑い』のままですが、
   スティル病として治療を開始します。
   
   除外診断がしきれてないので、
   はっきり言ってフライングですが、
   体力がかなり落ちてますので急ぎます」

は、話についていけな~い!
しかし、聞きたいことがある。

トリル「ス、スティル病?って、どうしてわかったんですか?」

Dr.k「フェリチンの値が異常に高いので、ピンときました。
   これが特徴の病気があるんです。
   それについてはまた詳しく説明します。
   
   これからステロイド投与の治療に切り替えます。
   ステロイドについては薬剤師さんが来て説明しますので、
   よく聞いておいてください」

と早口で言って、びゅうっと風のように去っていかれた。
えーっ!ドクターっ!だから除外診断ってなにー?
フェリチンってー?

すぐにナースが来て、
抗生剤がまだビンの3分の1残っているのにもかかわらず、
さっさと外していく。

私はその様子を呆然と見ていた。

膠原病って何だったっけ・・・
スティル病って聞いたことないよ・・・

入院9日目のことだった。

タグ : スティル病

MRI台から専用車イスにふたりがかりで乗せられ、
さらにいつもの車イスに乗り換えて、病室に戻った。

同室のみなさんが「おかえり~」と迎えてくれる。
だんだん打ち解けて、少しずつ話をするようになっていた。

「結局、何の病気かまだわかんないの~?」

病名がはっきりしない人は、この部屋に私ともうひとりいる。
もうひとりの方は内臓疾患で、血液検査で反応が出ているが、
これといった病名がつくほどではなく、
点滴治療や注射で快方に向かっているようだった。

同じ「病名がつかない」といっても、
私のように「何が何だかわからない状態」とは違っていた。

面と向かって何の病気か聞かなくても、ドクターが回診にくると、
自然と話がもれてきてしまうので、わかるのである。

良くなってるのか、悪くなっているのかも聞こえてしまう。
その日の体調も朝のナースの体温や血圧チェックでわかるので、
具合が悪そうなときは話しかけずに静かにしている。

これは大部屋ではお互い様なので、
「他の人に聞かれたくない」とかそういうことは別に気にならない。
というか、そんなことをいちいち気にしていたら
大部屋生活は無理である。

いいこともある。

検査やリハビリなどでベッドから離れているときに、
お見舞い客や家族が来た場合、代わりに
「今、検査行ってる~。もうすぐ帰ってくると思うよ」とか
「お風呂に入ってるから」とか、伝えてくれるのである。

その他、病院内情報や薬の話などの情報交換もできたりする。
お互いの家族の顔も覚えてしまうので、
患者が帰ってくるまで世間話などもしたりする。
私にそんな余裕ができたのは、かなり後だったけれども。

主治医ドクターKが部屋に入ってきた。
「あ、トリルさん、MRIの結果見てきました。
 異常はありませんでした。
 今、血液の方も詳しく調べてますが・・・
 ところであなた、貧血ですか?」

あ~、最初に言うの忘れて・・・

トリル「はい貧血気味です・・・が・・・?」

Dr.K「やっぱりそうですか。白血球も異常なんですが、
   かなりの貧血になってます。
   食事はできてますか?
   記録ではではあまり食べられてないようですが」

トリル「のどが痛いし、手も動かすと痛いし、
  食べたいと思わなくなってきました」

Dr.K「病院の食事が合わないとかは?
   食事が来るとどんな感じがしますか?
  『あ~また食事か~』って感じ?」

トリル「そんな感じです。ゆううつになるというか・・」

Dr.K「そうですか。
   病院食でなくても好きなものを食べてください。 
   栄養も大事ですが、今はそれは考えなくていいですから。
   やせましたね?」

体重は41.2キロになっていた。
一ヶ月前と比べると6キロ減だった。
足を診てもらうと、とても細くなってしまっていて、
筋肉は見当たらないほどだった。

Dr.K「食べやすそうなものを栄養士さんと相談してみてください」

さっそくナースが来て、簡単に希望の食事の内容を聞き、
栄養士さんがあらわれる。

トリル「起き上がってスプーンを持ったりするのだけで、
  もう体力を使いすぎてしまいます。
  寝ながら食べたい位です。
  できたら流し込める
  『ウィダーインゼリー』みたいなのがいいんですが」」

栄養士「う~ん、そういうのはないです。
    それだったら病院の食事をとめて、
    ご家族にそういうものを用意してもらって、
    冷蔵庫に入れておくのがいいと思います。
    ぜんぜん、食べられない?」

トリル「時間によってはだるくて起きられないので、
  決まった時間に済ませるのが苦痛で・・・」

栄養士「では、パンと飲み物と高カロリーゼリーを出しましょう。
    それならトレイから外して置いておけるし、
    体が楽な時間に食べられますしね」

パンの量を決め、次の朝からその内容になった。
こういうこともできるなんて知らなかった。
何でもっと早く相談しなかったんだろう・・・

ウィダーでも良かったけど、毎回それではますますやせそうで、
体力がもっと無くなる。
今回決めた内容でも無理だったら、ウィダーにすがろうと思った。
少し気分が明るくなった。
MRIを撮ることになった。
ドクターYの同意確認。
また同意書作成。

Dr.Y「これは・・・トリルさん、撮ったことないんですね。
   安全な機械ですが、ちょっと時間がかかります。
   かなりうるさいですよ~。
   耳栓が欲しければ用意します。
   あ、閉所恐怖症とかないですか?」

閉所恐怖症?それと何の関係が?

Dr.Y「たまにパニックみたいになるかたもいますよ。
   狭いところに結構長い時間、じっとしてますからね」

大丈夫です。
何でも検査して、早く病名を突き止めてほしい・・・

しかし、この日はコンディションが最悪だった。
熱は39℃を超えている。
体、のど、ともに激痛。
家族に持ってきてもらったパジャマが、また問題だった。

前夜に汗をかいたために、朝方痛がりながら着替えた。
私のパジャマだったが、着心地の悪いものだった。
一応シルクらしいのですべる。
技師さんが体をつかみにくいのだ。
それもいけなかったが、パジャマのボタンが問題になる。

技師「金属、ついてませんね?下着に金具はありませんね?」
トリル「あ、あのう・・・もしかしたら、このボタン、金属かも・・・」

ボタンはパジャマ本体と同じ布にくるまれていて、
外側から判断できない。

技師さんは
「え~?大きいけど石じゃないの~?ちょっと待ってね」
何か探して、小さな機械を持ってくる。
ボタンに向けてスイッチを押す。

ピーッ!ピーッ!ピーッ!

き、金属探知機ですか!何でそんなものがここに・・・

顔を見合わせて、苦笑いをする。
何でわざわざ苦労して、こんなものに朝方着替えてしまったのか。
浴衣にしておけばよかった。

小さくなって謝る。
MRIは希望者が多く、とても混んでいるらしい。

ピカピカの秘密基地のような作り。
仕切りがたくさん立ててあって見えないけれど、
広い部屋に患者がいっぱいいる気配がする。

忙しい方々にいらない手間をかけさせて、確実に迷惑をかけている。
「すみません・・・」
笑って許してもらったけど、落ち込む。

それからまた何かバタバタっと・・・

技師「看護師さん!トリルさんの書類がありません!」
ナース「え?ちょっと確認してきます!着替えも一緒に持ってきます」
技師「先に電話して用意してもらって!
   着替えはここの検査服を使うことにします。書類を急いで! 
   他の患者さんを先に撮りますので、ちょっとお待たせします。
   ごめんね」

点滴をしているので、着替えに時間がかかる。
健康なときには何でもないことが、今は重労働なのである。
さらにぐったりしてきた。

少なくなった生理食塩水を替え、
車イスがガラス貼りの撮影室前まで押された。

技師「歩けますか?・・・無理そうですね」
トリル「はい・・すみません」

ここで車イスが本撮影室の前でチェンジされる。
MRIの本撮影室には、この車イスで入ってはいけないらしい。

最初から感じたが、
このMRIという機械は大事に大事に扱われているようで、
部屋の奥にゆったりと鎮座し、まるでお姫様のようである。
風格さえ感じる。

技師さんがふたりがかりで工夫して私を持ち上げ、
専用の車イスに乗せた。
そしてまた、痛くないように気を遣ってくれつつ、
持ち上げてMRIの台に寝かせる。
男の人はさすがに力持ちだ。

撮影が始まった。

コンコン、ウィ~、シャンシャンシャンシャ~ン、
ドーンドーン、キュキュキュキュ~

・・・本当にうるさい。
金だらいを頭からかぶって棒で叩かれているようである。

しばらく静かになったかと思うと、また色々な音が聞こえ始める。
本当に長いな~。
さっき小さな男の子がやってたけど、よくがまんしたな~。

MRIはうるさいだけで痛くはないし、注射よりはいいのかな?
しかし狭くて怖いな。
これはパニックになる人もいるよね。
時間も長いし・・・

と、とりとめのないことを考えているうちに、眠っていた。
騒音の中で。


タグ : MRI

耳鼻咽喉科から帰ってきたら、家族が来ていた。
検査の結果を報告する。

「え~、でもガンは18年でひとりいたんだろ?
 お前が二人目かもしれないよな?」

「・・・・・・・・・・・・」(体が痛くなかったら、殴っていた)

でも耳鼻咽喉科のベテランの先生があれほど言い切るのだ。
ドクターKに診察の内容を報告する。
のどの先生から先に聞いていたかもしれないけど。

「そうですか・・・う~ん、とにかく熱も下がらないですしね・・・
 MRIをやってみようと思います」

熱は正午ごろ上がり、夜中にまた上がることを繰り返していた。
そのたび、ボルタレン座薬を入れ、湯たんぽを用意してもらった。

とにかく熱が上がり切るまでの、すさまじいまでの悪寒。
歯がガチガチと鳴り、自分で止められない。
体も勝手にガタガタ震える。
そのたび「いつまでこんなことが続くんだ」
と、何かを呪う気持ちになる。
熱が上がり切って悪寒が和らいだら、氷枕と、保冷剤で冷やす。

ナースコールは、
いつでも手にすぐ握れる位置に置いてもらっていたけど、
たまにうっかりして、頼むのを忘れることがあった。

枕元ではなく、寝たときのおしりの横の位置に。
枕元に置かれると、腕を曲げて上に伸ばさないといけないので、
体中が痛い、1ミリも動かせない激痛のときなど、
ナースコールがこんなところに・・・」と呆然とする。

ナースコールがなかなかつかめない。
最悪の場合は同室の人に呼んでもらうしかないと思った。
(結局お願いしたことはなかったけれど)

じりじりと足を動かして、
ベッドの上の方に長い時間をかけてずり上がり、
あごと肩にナースコールをはさみ、ボタンをあごで押した。
息が上がり、かなり体力を消耗した。
ナースコールをベッドから落としてしまったときも、難儀した。

熱が上がり切ってから、まずトイレ。
この頃はベッドの上でお世話になることが多かった。

少しでも動けそうなら、ベッド横にポータブルを置いてもらって、
便座に座るまでナースに手を貸してもらう。
いつも体は痛いけれど、
出来るときはなるべくポータブルでがんばろうと思っていた。

しかしポータブルは、すぐそこにあるのにもかかわらず、
移動にとても時間がかかって疲れた。
途中であきらめて、
ベッド上で使うボート型の携帯トイレに変えてもらうこともあった。

その後、ボルタレン座薬を入れてもらう。
熱でのどが渇いているので、
寝たままペットボトルの水を口元に運んでもらう。

これがなかなかにこぼれそうで難しく、
後で子ども用の
「ボトルにストローがつけられるグッズ」を買ってきてもらった。

ところで「吸い飲み」という介護(看護?)グッズがあるが、
私はあれが怖かった。

子どもの頃に重病人の枕元にそれが置いてあるのを見て、
「吸い飲み」=「重病人」と勝手に意識してしまう。

一度使ってみたとき、とても便利だったのだけど、
気分が落ち込んでしまった。
偏見は重々承知だったが、
わがままを言ってペットボトルのまま、お願いしていた。

ボルタレンで熱を下げると、ものすごく汗をかくので、
体を熱いタオルで拭いてもらい、着替えをする。
点滴がつながっているし、痛いしで、
またお手数ながらナースに手伝ってもらう。

昼と夜中、こういうコースを毎日繰り返していた。
もう「おなじみの手順」という感じになっていた。

タグ : ナースコール

入院後、2度目のCT。今度は造影剤入り。
研修医のドクターYが説明を始める。

Dr.Y「造影剤でCTを撮ったことありますか?」

トリル「20年前位に顔の左半分が動かなくなって撮りました。
  そのときに吐きそうになって、しばらく休ませてもらいました。
  造影剤は本当はイヤなんですが・・・」

Dr.Y「同意書に説明がありますが、
   造影剤に副作用があるのは確かです。
   かなり少ない数ですが。
   20年前に比べて、造影剤も改良が重ねられて良くなってます。
   撮影時は僕もついて行きますので、
   何かあればすぐ合図してください。
   造影剤を中止して処置しますので」

少し不安は残ったけど、受けることにする。
検査はどんどんやって行かないと、病名がわからない。

CT室。
先回と同じく頭の上に腕を上げて、撮影を開始する。

「造影剤、入れますよ~」
緊張する。

撮影室の横のコントロール室からドクターYが入ってきた。
耳元で
「大丈夫ですよ。点滴が始まると少し体が温かく、
 ぼーっとした感じになりますが、
 重い副作用ではありませんので、心配しないでください」

頭を入れる穴の向こう側から、
私が頭の上にあげた手を握ってくれている。

温かい手になんとなく安心する。
そして、お手数をかけてしまってるなあと思う。
お、本当に体がボワ~っと温かくなってきた。

異常なく撮影は済み、
病院スタッフに車イスを押してもらって病室に帰る。

ナースがすぐに来て、
「耳鼻咽喉科に行きますよ~」

喉Dr.「まだ痛いですか?」
トリル「はい、すごく痛いので、座薬を一日2回入れてます。
  あの~今日CT撮ったんですけど・・・結果は・・・?」
喉Dr.「あ?もう撮った?早かったね~。ちょっと見てみるわ」

え?ちょっと見てみるとは?どういうこと?

先生はパソコンに向かい、私のカードで何かやっている。
パソコン画面にバーっと、写真のようなものがたくさん出てきた。

うわーっ、CT写真ってパソコンで見られるんだ。
レントゲン写真みたいに大きい袋で持ってくるかと思ってた。
技術の進歩ってすごいな・・・
ということは、撮ったらすぐに見られるということですか?
いや、撮りながらでも可能?

と、病気に関係ないことを考えていたら

喉Dr.「これは・・・こんな所が炎症を起こすのは見たことないね。
   ぼくは18年のどを診ているが・・・
   実はそんなに痛いのは、魚の骨か何かが刺さってしまって
   それが膿んだりして痛いのかと思って、
   もう一回CTを撮ってもらったんですよ。
   でもこれは違うね。
   これは神経内科の先生によく調べてもらったほうがいい」

18年のどを診ている先生が、見たことない症例って・・・
ショックで言葉がすぐに出ない。
しかし!しかし、聞かねばならない。

トリル「ガンとか・・・そういう可能性はないんですか?」

喉Dr.「ないですね」

即答ですか!!先生は続ける。

喉Dr.「その年でのどのガンはまずない。
   ぼくがその年齢位ののどのガン患者に会ったのは
   18年でたったひとり。
   それだったら違うのどの病気を疑うね。
   他の病気なら可能性はある。
   でも、今回のケースでは何も当てはまらない」

何だか突き放されたような気持ちで、しょんぼりと診察室を後にする。
のどの病気ではないことは分かっても、
症例がないことがショックだった。


入院2日目 正午ごろの予定だったけど、CT室に早めに呼ばれる。
手伝ってもらって台の上にゆっくりと上がり、
頭の上に腕をまとめて撮影。

熱が半月ぶりに平熱まで下がり、
嬉しくて、本でも読もうかと病棟待合室に本を借りに行く。

さすがに遠く感じて、
「無茶だったかな~」とベッドにヘトヘトで横たわった。

夕方の検温で、熱が39℃を超えていた。
ナースが氷枕とわきを冷やす保冷剤を持ってきてくれる。

「薬はどうする?ロキソニンでいい?」
「いえ、昨日の、のどにひっかかった感触が消えないので、
 座薬をお願いします」
最初から座薬にすればよかった。

入院3日目の朝、ドクターKの回診。
「歩けるようになった?え、昨夜から歩けない?
 昨日歩いてたよね?」

はい、確かに昨日、本を借りに行ったとき、
ドクターと廊下ですれ違いました。

「う~ん、熱が上がってるね。CTの結果は異常なしでしたが・・・
 まだ血沈とかやってみるから。血液培養も」

お願いします。

ナースのみなさん
「今日はどうしたの~?痛い?歩けない?
 ・・・昨日・・・歩いてたよね?」

はい・・・無茶したせいでしょうか。
だるくて痛くて動けません。

同室の患者さんたち(あっという間に4名で満室)
「入院したときは顔色悪くて、痛そうにうなってたのに、
 次の日嬉しそうに歩いたんでビックリしたよ~」

はい・・・でも皆さん、よく見ていらっしゃるんですね・・・

薬で熱を下げて、痛みも多少消えても、
また元に戻ってしまうのなら、何か原因があるはずで、
それを早くつきとめてほしいと願っていた。
病名がわからなければ治療法も決まらないわけだし。

ドクターK
「血液検査の結果、やはり感染症ではありませんでした。
 しかし、何かの菌がかくれている可能性もありますので、
 その可能性を徹底的につぶすため、抗生剤を投与します」

見ようによってはかわいらしい抗生剤のビン。
ふたつ点滴台にかけられ、生理食塩水と一緒に点滴が開始される。

アレルギーや重篤な反応が出ないか確認のため、
開始から5分間は、ナースが様子を観察していてくれる。

その2日後、体調に改善が見られないため、抗生剤をチェンジする。

またその2日後、抗生剤の種類は変えられる。

ドクターK、困惑の様子。

「抗生剤を色々変えてきましたが、
 入院時より血液検査の結果は悪くなってます。
 のどの痛みもひどいようですし、のどの病気も疑ってみて
 もう一度、CTを撮ります」

「耳鼻咽喉科の先生から、
 『今度は造影剤を入れて撮影をしてほしい』
 とリクエストがあったので、造影剤の説明を受けてください。
 抗生剤の投与はまだ続けます」

血液検査の結果がさらに悪くなってるなんて・・・
私の病気は一体何なのだろう?


2006年5月最終週 
入院当日、ドクター軍団の怒涛の診察が終わった後、ハッと気付き、
のどの鎮痛剤はまだもらえないか、ナースに聞いてみる。

「そうですね~、聞いてきますよ」
ダメ元だ。まだ12時間はたっていないから無理かも。

ナースが戻ってくる。
「いいそうですよ!飲み薬と座薬、どっちがいいですか?」
パーッと世界が明るくなる。
ドクターKが神様に思える。

「飲み薬・・・をお願いします。
 あ、でも『診断に差し支えるから飲んじゃダメ』
 ってことだったんですけど・・・いいんですか?」

ナースは少し考えて、
「検査は明日の正午頃なんで、まあそんなに影響はないと思います。
 それに・・・そんなに痛いのでは安眠もできませんから」

そうですよね♪

ナースは枕元の後ろの壁に『検査の予定』の緑の札を立て、

「明日はCTスキャンです。
 CTの説明は今からY先生がなさいますので、
 わからないことや不安なことがあったら、聞いてください。
 ご納得されたら同意書にサインをしておいてください」

CTって同意書がいるんだ・・・昔もそうだったかなあ?
昔はなかったと思う。

ナースがロキソニンを持ってきてくれた。
手伝ってもらって飲んでいたら、ドクターY登場。
さっきドクターKの後ろで控えていた先生だった。
後でわかったが、研修医だそうだ。

「CTやったことありますか?いつごろ?何か疑問点などは?」
など質問に答え、
同意書は自分は今痛くて書けないので、
家族に代理でサインしてもらう。

ところで知らなかったが、ロキソニンは粒が大きい。
ただでさえのどが痛いところに、デッカイつぶ。
その上厚い。

ずーっとのどにひっかかっている感触が消えなくて、
ナースにのどの中を見てもらう。

「大丈夫ですよ」
大丈夫かな~。
のどで止まってて、胃に落ちてない感じがするけど。

夕ご飯をがんばって2口食べ、今日は勝手に消灯する。
さすがに体力も限界である。

夜中、汗だくで目が覚める。

お?のどの痛みが少しおさまったような。
筋肉も前よりは痛くない。
熱も下がったような気がする。
ナースコールをする。

「すみません、汗かいちゃったんで、着替えを手伝ってください」

体は少し楽になっても、点滴で繋がれているので腕が抜けないのだ。
しかし、この服何日着ていたのか。
相当・・・なことになっていると思う。

すぐ退院できるつもりでいたので、
家族にパジャマはいらないと言ってしまった。
(それは大きな間違いだったけれども)
病院のゆかたを借りて済まそうと思っていたので。

熱は36.8℃。半月ぶりの平熱だった。
そしてフラフラながら、トイレへ歩いて行けたのである。
薬の力だった。


レントゲンを撮る。
寝たままの状態でレントゲンを撮るのは初めてで、
なかなか大掛かりだった。
技師さんは大変だったと思う。

心電図も取り、ああやっとベッドで一息つけると思ったが、
耳鼻咽喉科も追加された。

痛さに悲鳴をあげつつ車イスに移され、
室内では専用のイスに座るため、ナースの手を借り、
時間をかけて少しずつ足をひきずるように歩く。
普通ならほんの2歩位の距離を。

鼻からスコープを入れる。スコープはまぶしいほどのライトつき。
管が鼻からのどの方へ下りて行くのがわかる。

オエッ、とかなったらどうしよう?
昔、胃カメラがなかなか飲めなかったので、
飲むカメラ系は苦手である。
しかし思ったよりもスムーズに済み、
モニターにのどの様子が映ったようだ。

モニターは私の体の斜め後ろだったので、見えない。
耳鼻咽喉科のドクターはモニターを眺め、
「のどの奥が赤いね。痛いのはどのへん?」
首の真ん中辺りを示すと、
「うん、そのあたりだね」

奥の方なら、口をあけただけでは見えない。
やっぱり赤いでしょ?そうでしょ?
すごく痛いから何か異常がないとおかしいでしょ?
と、異常があることを認めてもらって安心する。

異常があって安心するのも変だけど、
何かないと病名がわからないし、薬も出してもらえない。
とにかく変な方向に必死だった。

ここでこの赤いのが何かということは、まだ判断できず、
とりあえず病室に入ることになる。

4人部屋にひとり、患者さんがいた。
挨拶をして、痛がりつつベッドに移動。
ベッドは今までの簡易ベッドと違ってとても柔らかく、
心からホッとする。

ナースが、インフルエンザにかかってないか検査するため、
鼻の穴に綿棒のようなものを入れてグリグリし、
すぐに持って出ていく。
これは入院時の決まりらしいですね。
結果、インフルエンザは陰性。

入院のとりあえずの手続きを家族が終えて、
ベッドまわりを整えてもらったりしているうちに、
ドクターがふたり現れた。
話すのはおひとりで、もうひとりは後ろで控えて聞いている様子。

主治医ドクターK。

「かなり痛いようですね。これから色々と検査していきます」

熱はいつからとか、既往症、関節が痛いのか、筋肉はどうか、
入院したことはあるか、その時は何の病気だったか、
アレルギーはあるか、など。

「ちょっと体を見せてください」
カーテンが引かれ、体全体を見てもらう。

Dr.K「あごの下のリンパ腺がちょっと腫れてます。
   ところで顔のささくれのようなものは、前からありますか?」

顔のささくれ?何それ?
鏡を見せてもらう。

彫刻刀のUの字の刃で彫ったような、へこんだ赤いささくれが、
眉のまわりや目のまわりなど、顔の上半分に無数にある。
びっくりした。

トリル「これは全然気が付きませんでした・・・
  ずうっと鏡を見てなかったので・・・
  前からあったものではありません」

Dr.K「それから、この腕のピンク色の発疹はいつからですか?
   鎖骨のあたりにもありますね。かゆいですか?」

その発疹、救急処置室でも聞かれたものだ。

トリル「一週間位前からあったように思います。
   でも汗をかいても拭けなかったので、
   あせもか何かだと思ってました。
   特にかゆくはないです」

ドクターKは「あせも?」と少し苦笑いをし、
「あせもではないと思いますよ。皮膚科の先生を呼びます」

しばらくして、皮膚科のドクターがベッドに現れた。

ドクターKのほか、さきほどの控えていたドクター、
入院を決めたドクターも一緒にいらしたようで、
ナースも含めベッドのまわりは白衣で埋まり、
すごい威圧感と迫力である。

皮膚科のドクター
「ちょっと見せてね~」

腕を見、背中を見、首のあたりを見て、
「う~ん・・・ちょっと背中を引っかきます。我慢してね」
小さなゴムのようなもので、
発疹の出来ていないところをサッと引っかいた。
そのときは、なぜこんなことをするのかわからなかった。

そして次の日から精密検査を行うことになる。

救急処置室から神経内科へ移動。
内科の処置室は、ベッドが5台くらいあった。

ドクターが入れ替わり立ちかわり入ってきて、私の状態を聞く。
ドクターはいったい何人いるんだろう。
もう、この激痛を一刻も早く何とかしてほしいあまり、
かみつくように訴える。
「今はのどが特につらい!
 これとりあえず何とかならないんですか?」

そのたびドクターは
アイスクリームの木ベラの長いもののような道具と
ペンシルライトでのどを覗き込み、
「あ~、のどの入り口のところが少し赤いね」

・・・少し?少しなんて、そんなわけあるかー!!!
風邪のときと比較にならない位痛いんだー!!!
めちゃくちゃ赤くなってなきゃ、納得できないー!!!

つばを飲み込むだけで、いちいち暴れたくなる。
というか、
飲み込むたびにカミソリで切り付けられているような痛みが走るので、
実際のどを押さえて左右に転がりまくる。
動くと体が痛いので、左右に1センチ幅位だと思うけれども、
痛いと反射で体は動き、今度は体の痛みでうめく。

つばを飲み込まなければいいのだけれど、
人間は日ごろ無意識に何回もつばを飲み込むようにできているらしく、
つばは口の中にすぐにたまる。

飲み込みたくないなら吐き出すしかなく、
ナースに頼んで容器を持ってきてもらう。
しかし体が痛くて頭が上がらないので、その容器もうまく使えない。

今日は病院がとても混んでいるらしく、
ドクターは次々と見にきてくれるのだけれど、
これといった処置はされない。
状態を聞くだけである。

もうナースも含め、口を5回はあけて診てもらった。
いつまでここで待たされるのか、さすがに精神的にへこたれてくる。
救急車で運ばれてきて、もう何時間たったのか。

次に現れたドクターに、必死に訴える。
「体が痛いのはまだ我慢できますが、のどを何とかしてください。
 鎮痛剤か何かいただけませんか?」
ドクターは少し困った顔で
「今、薬を飲んじゃうと、病気の判定が正確に出来なくなるんですよ。
 もうちょっとがまんしてね~。
 薬はね、そうだな~、12時間後なら出せると思うよ」
と去って行ってしまった。

12時間後!果てしなく長い時間だけれど、
そう言ってくださるのならがまんできる。
楽になれる時間が具体的にわかっただけでも、少し気が楽になる。

同じドクターが再び現れた。
「歩ける?歩けないか・・・まあ入院しかないですね」
とまた去って行く。

入院!

入院か~、まあそうさせてもらうしかないだろうと思ってはいた。
家に帰っても、ごはんはのどを通らないし、歩くことも困難だ。

どれくらいの時間がたったのかわからないけれど、ナースが来て
「入院が決まりました。今ベッドを用意してます。
 ご家族の方と移動を。
 その前にレントゲンと心電図を撮っていきます」

待ってましたよ~。ホッとして涙が出そうになる。

2006年5月最終週 
救急車が救急処置の入り口に到着し、
広い部屋にストレッチャーが入れられる。

ベテランぽいナースが近づいてきて、救急隊員と話をする。
ストレッチャーから処置ベッドへ、
掛け声とともに、体の下の毛布ごと下ろされた。
「だーっ!痛~いっ!・・・」と声に出してしまったかもしれない。

ナースに質問され、体の状態を説明する。
ちょっと前にこの病院で診察を受けたので、カルテがあることも説明。

血液を抜いて検査。
いつの間にか現れた若いドクターが
「う~ん、4本、いや2本」と、抜く量を決めている。
生理食塩水の点滴も始まった。

救急隊員の人は室内で事務の事後処理が終わったのか、
「そろそろ行きますね。お大事に」と声をかけてくれ、
「ありがとうございました・・・」とお礼を言った。
本当にありがたく思った。

若いドクターがパソコンの前に座り、質問をする。
Dr.「内臓とかは異常はないの?お腹が痛いとか」
トリル「ありません。熱がずうっと下がらなくて、全身が痛い。
   のどもものすごく痛いです」
Dr.「気持ち悪い・・・とかもない?」
トリル「ないです」

体を見て
「ん~?発疹があるね。ちょっとお腹も触らせてもらうね」

発疹?
そういえば腕にピンクの地図のようなものができていた。
でもそれは、汗をかいてもお風呂に入れなかったので、
あせもか何かだと思って、さほど気にしてなかった。

それよりものどが~体が~痛いよ~!

ドクターはおそらく盲腸か何かを疑っていたのだと思う。
しかし、絶対に違う。
色々とデスクで調べた結果、

「ちょっとここでは判断がつきません。
 血液検査でも感染症ではなさそうですし。
 前にかかっていた神経内科の先生に診ていただきましょう」

室内はしばらくナースと私のみとなる。
トイレが心配になり、ナースにお願いしてみる。
ベッドから降りようとしたが・・・無理だった。
痛くて上体も起こせない。

こういうときって尿管になるの・・・?と思ったけど、
ナースはブルーの小さい空気ボートのようなものを持ってきた。

それは・・・何?

腰の下に引いて、そこに排泄するという。
そういうものがあるんだ・・・知らなかった。
そして「歩けない」ということは、
こういうもののお世話になるんだと、正直複雑な思いになる。
でもとてもありがたい。歩かなくてもいいんだから。

しばらくして部屋の外で待っていた家族が、
ナースの許可で顔をのぞかせる。
さすがに心配そうで申し訳ない気持ちになる。

「では、神経内科に移動します」


2006年5月最終週 
病院へ行った次の日の調子は良かった。
このまま治ると思ったが、翌々日のどが痛くなりはじめる。

ウイルスということだし、体がやっぱり弱ってるなあと・・・
寝ていたけれど、だんだん体が痛くなってきた。
筋肉が痛い。
痛みは急激で、寝返りも打てない。
体がこわばり、布団すら自分でかけられなくなっていた。

のどの痛みも激しくなり、食欲はそこそこあるけれど、
ものが飲み込めない。
こんなにものどが痛いのは初めてだった。

熱は39.1℃。
歩くのもだんだん困難になり、トイレに行くのが本当につらかった。

ベッドから立ち上がるのに、30分位はかかったと思う。
全身の筋肉が痛いので、
立ち上がるときに、どこにも力をいれることができない。
だからトイレに行くのには、
せっぱつまらないうちから立ち上がる準備をした。

もう、動く用事はトイレのみ。
頭の中もトイレのことばかり。
お風呂はもちろん、着替えも何日もしていない。
歯も磨いてないし、相当な状態だろうな・・・

「救急車・・・呼ぼうか?」と家族が言う。
確かに車まで歩けない。
のどが渇いているのに水も飲めない。
その上汗をかいているので、脱水症状は確実なようだ。

しばらくためらったが、あきらめて救急車を呼んでもらうことにした。
家族に肩を貸してもらい、玄関まで引きずられるようにして歩く。

サイレンが鳴ってストレッチャーが玄関まで来る。
「お名前はー?」「住所はー?」「何歳ですかー?」
救急隊員が大声で叫ぶ。
玄関マットの上で寝たまま答える。
名前や住所が聞きたいわけではなく、意識レベルの確認ですね。

救急車には前にも一度、違う病状で乗ったことがあるけれど、
そのときはそばにいた家族が横から答えてしまい、
隊員の方に
「あなたに聞いているんじゃない!
 この人(私)の意識の確認をしてるんです!!」
と注意されていた。
その時は、非常事態なのに少し笑いそうになったことを思い出した。
でもやっぱり病人は苦しそうだし、近くにいた人が答えちゃうよね。

救急車が来たことで自分でも安心したのか、
呼吸がだんだん激しくなってきて、
意に反して涙がにじんでくる。

「安心したので過呼吸」ってのも変だと思うけれど、
ずっと不安で緊張してたので、
本来の状態が出てしまったのかもしれない。

担架に固定され、ストレッチャーに乗せられ、ガラガラと移動する。
ストレッチャーはわりと軽い素材で出来ているのか、
地面からの振動がストレートに体に響いた。

空が見える。晴れていた。青くてまぶしい。
こわばる腕で顔を隠す。
寝たまま空を見ながら移動するって、変な感じだった。

近所の方、来てるだろうな~と思って腕の下から目だけ動かすと、
やっぱり見える範囲で3人くらい、
道をあけて救急車のそばに集まっていた。
お騒がせして申し訳ない。でもあんまり見ないで。
着替えてないんです・・・

救急車の中で、希望の搬送先の病院を聞かれる。
過呼吸で手の中指だけが手のひら側に折れているのを指摘され
(そうなるのが特徴のようですね、初めて知りました)
落ち着いて隊員さんと一緒にゆっくり呼吸してもらう。

隊員さんは、私の熱を計ったり、
ひとさし指の先を小さなクリップのような機械でパチッと挟み、
データを取ったりしている。
血中酸素濃度でしょうか?

外が見えない状態で寝ていると、どこを走っているのかよくわからず、
車の動きの予想がつかないので、酔いそうになる。
そして、けっこう揺れる。
ふわふわ心もとない感じがずっとしていた。

救急車が一気に坂を登るような感じがして、病院についたようです。

2006年5月下旬 
家族が病院へ行くようすすめる。
熱があるわりに動けるので、自力で病院に行く。

初診用紙に症状を記入。
「熱が2週間続く。体が痛い。首が固まって動かしにくい。
 頭が痛い。だるい。風邪薬を飲んでも改善しない。」など。

血液検査と尿検査とレントゲンを撮った。
ドクターは「血液に炎症反応があります」
首にさわり
「レントゲンは異常ありませんが、
 熱が高いので髄膜炎の検査をします。
 髄液を抜きますが、時間ありますか?」

ギョッとする。

「髄液を抜く」ってあの腰に針を刺して、すごく痛いとウワサの・・・
「いや、あの、時間はあの・・・家族が・・・日を改めて・・・」
とわけのわからない言い訳をしてみたが、
ドクターの目力にあっさり負ける。

ベッドの上に横向きに寝て、
ひざを抱えてできるだけ丸くなるように言われる。
服がめくられ、
背中の真ん中から外に向かって渦巻きを描くように、
ぐーるぐるとゆっくり、何か濡れたものが塗られている。
消毒?麻酔?

「動かないでね、はい、ちょっと痛いよ・・・」
怖いけど、何をしようとしているのか見たい。
それでちょっと頭が動いてしまったらしい。
 
「動かないで!」「動かない!」
ドクターとナースにダブルで叱られる。
それを2度ほど繰り返し(子どもか!)針のようなものが刺さった。

痛い!しかし我慢・・・何かグリグリした感触が気持ち悪い。

短かったような長かったような時間で穿刺は終わり、
頭を絶対上げないように、2時間ほど寝ているように言われる。
枕なしで。
減った髄液が安定するまで、ということらしい。

「髄液の色で大体わかるけどね。透き通ってるから、多分大丈夫。
 検査にまわしてきます」
ドクターは採った髄液の小瓶をチラリと見せ、去っていかれた。
髄液は無色透明で、トロリとしていてきれいだった。
初めて「髄液」というものを見た。

結果、髄液に異常なし。髄膜炎は否定された。
「しかし、体の中でウイルスが暴れているようですね。
 頭痛の薬を出しておきます。
 安静にして、また何かあったら来てください」
 
安心して病院を出た。
これといった病気ではなくて良かった。
これで治ると思っていた。


2006年5月初旬 
5月だというのに雨が多かった。
五月晴れも数えるほどしかなく、寒かったのを覚えている。
むこうずねが特に沁みるほど冷えたけど、
「気候のせいかな」と思っていた。

犬の散歩に行ったとき、膝の後ろがつっぱる感じがして、伸びない。
歩いていて違和感を感じた。
散歩も実は億劫だった。気が乗らないというか。
何に関してもやる気が起きず、最小限のことだけこなす。

熱を計ってみた。37.2℃ 微熱か・・・風邪引いたのかな。
紅茶にブランデーを垂らして、風邪薬を飲み、
早めに寝るようにしていた。

2006年5月中旬 
風邪薬を飲めば、汗をかいて熱が下がってスッキリ!
・・・とする予定だったが、
一週間たっても変わらないどころか熱は上がり、
38.5℃をしばしば超え始めた。
汗は服が濡れるほどかくけど、熱は下がらない。
体のあちこちが痛い。
「ずいぶんしつこい風邪だな」とうんざりしていた。


トリルMMです。
膠原病のひとつ「成人スティル病」について
ブログをかこうと思います。

テーマ : ☆膠原病☆ - ジャンル : 心と身体

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