FC2ブログ

プロフィール

トリルMM

Author:トリルMM
30代で発病 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


カレンダー

08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

最近の記事


カテゴリー


月別アーカイブ


最近のコメント


FC2カウンター



病気に「スネる」ということ1
 ←以前書いた記事

で、友人が腕の内側を手術したことを書きましたが、
病名は

「血溜腫」でした。

勘違いで「骨ナントカ」と書いてしまって、
ごめんなさい。

友人は昨年の暮れに、どうにも腕の痛さをこらえきれず、
見た目にも腫れてきたので、病院へ。

そしてその病院のドクターに
「ここでは処置できないので、別の病院に紹介状書くから」
と言われ、

紹介された先は何と

「がんセンター」

・・・・・・・・・・

近くの有名な基幹病院をすっ飛ばし、
いきなり「がんセンター」を紹介されたことに
私はびっくりした。

こういうことって、よくあることなんだろうか?

細胞を検査したところ、幸い良性だったということで、
切らずに薬でごまかしていこうか、という方向も提示されたという。

しかし友人は、こんな痛みと20年つきあってきて、
もう冷やしたり、温めたり、クーラーの冷気を気にしたり、
鎮痛剤を飲んだりすることがすっかりイヤになっており

「切ってください」

と頼んだと言った。

最初に痛み始めたとき、病院に行ったけれども
当時はまだMRIがなく、CTのみの撮影だったという。

しかし、CTでは患部の状態がよくわからず、
緊急性もなく、がまんできないほどの痛みではなかったため、
鎮痛剤でごまかす日々だったとか。

友人は、手術ですっきりするのなら、と
「切ってください」と頼んだものの
ドクターは、実はあまり手術に乗り気ではなかったという。

腕の内側は、細かい神経がたくさん集まっており、
患部の状態によっては、切ったことによって
神経を傷つけ、後遺症が残る可能性がある。
とおっしゃったそうだ。

友人はそれを聞いて、
「・・・少し迷ったけど、
 こんな状態でこれからもずっといるのがイヤだったから」
と、多少の後遺症は覚悟で、手術に踏み切った。

それが今年の6月だった。

そして最近。

「術後のMRIを初めて撮るんだよー。一緒に来る?」

と友人は私を誘った。

変な話かもしれないが、私は主治医ドクターKを探している。
スティルで入院したときに、私を診てくださったドクター。
退院後、一度診察に来るように言われ、
順調だったらもういいよ、と言われていました。

その後、スティルの症状というより、
リウマチのような痛みだけが出てきて
そのため私は整形外科にバトンタッチされていました。

それでしばらくドクターKの神経内科にごぶさたしていたところ、
ドクターKは病院を退職されていたのです。

ステロイドプレドニン)が最初、全然効かなかった私のスティル
ステロイドパルスをするかしないか、ギリギリのところで判断し、
結局しないことに決め、
病状が好転してきたところを見計らって、
ステロイドを慎重に、でも確実に短期間で切ってくれたドクター。

今、思えばですが、薬の減量が上手なドクターだったと思う。
ステロイドの減量は、本当に難しい。

そのことを前にチラッと友人に話したとき、
私がスティルという難病になったことに驚き、
主治医がいなくなったことで
心細そうだったのを気にしてくれていたのか、
今回「一緒に行く?」という話になりました。

「このあたりの病院にいるかもしれないよ?
 がんセンターには内科もあるから」と。

「MRIを撮ったら結果をすぐに知らせてね!」
と前に言ったこともあり、
一緒に行くなら、すぐ教えてもらえて安心できると思ったのですが、
私はどうしても外せない用事があり、一緒には行けず。

でも診察が終わったあとにすぐ電話がかかってきて。

「大丈夫だったよー!」

と明るい声で。

・・・ホッとした。
後遺症もなくて、本当に良かった。
大きな手術痕の経過も順調だったと言った。

「でね、診察を待ってる間に
 内科のドクターたちの名前を見てきた。
 残念だけど、・・・ドクターKの名前はなかったよ。
 でもこれからも他の病院にも行ったら、
 名前を気にしておくよ」

・・・ありがとう。
何て言ったらいいかわからないけど、
病気は人ごとじゃなくなってて。

友人はめったに弱音なんか吐かなくて、
私が一方的に甘えてるだけかもしれないけど、

何か・・・ありがとう。





スポンサーサイト



タグ : スティル プレドニン ステロイド

サディスティックだった太陽も、若干攻撃の手をゆるめ、
朝夕涼しく、少し淋しい。


右ひじがずうっと痛くて、気になっていましたが
最近、よーく見てみると

褐色のアザみたいになっている。
ぶつけたところが治るときの、治りかけみたいな色。

左ひじは右ほど痛くはなかったけれど、
こっちもよく見てみると、

右ほどじゃないけど、
やっぱり黒っぽいアザみたいになっている。

汚れてるみたいで、イヤなんですが。

・・・・・・

痛みは前よりましになっていますが、
何でしょう。これ。


退院してしばらくして、ひざが痛くて、
でもレントゲンを撮っても何でもなくて、
「変だな」と思い、痛みが消えかかるころ、

お風呂でふと左ひざを見ると、二ヵ所、アザになっていた。

右ひざにも対称に二ヵ所。
計ったように対称。

・・・・・・

リウマチは左右対称にあらわれるそうですね。

ひざのアザはいつの間にか薄くなりましたが。

・・・・・・

病気と向き合って、受け入れて暮らすと決めたけれども、
ときどき、とてもイラつく。

無理をしない。
ストレスをためない。
下半身を冷やさない。
食事もバランスを考えて。
お通じをきちんと管理して。
睡眠もたっぷりとって。

私が注意していることですが、
これだけのこと。
たったこれだけのことで、再燃を防げるのなら。

いや、再燃を防げるというより、
原因不明なので、これしかやれることがないというか。
でもこれをしたからって、再燃が完全に防げるわけでもなく。

(ところで「寛解」という言葉は聞きなれないな~と思っていて、
 正直、この病気になって初めて知ったけれども。
 
 「再燃」という言葉はよく女性週刊誌みたいなもので
 「○○愛!再燃!」みたいに使われたりしてないだろうか?
 古いか?昔の週刊誌か?
 
 どうも恋愛話の単語と結びつかないためか、
 聞きなれない言葉みたいに思っていたけれど、
 再び燃え出す意味は同じで・・・

 ・・・なんで同じ単語って気が付かなかったんだろうな~。
 状況がかけ離れすぎてるせいだろうな。
 恋愛話の再燃ならめでたくて華やかでいいよな~。
 病気の再燃なんて、悲しすぎる。
 ロマンチックじゃないし)

よく「再発してない?」と聞かれるけど、
「この病気に関しては本当は『再燃』って言うんだよ~」
などの説明もややこしいので、

というか

そんな言葉の違いは多分、
他人にはどうでもいいレベルの話だと思うので、
おつきあいは「再発」で通している。

ちょっと喉が痛くなると・・・おびえ。
体が痛むと・・・心配になり。
熱っぽいな・・・と思うと、すぐ熱を計って。

スティルと診断される前は「風邪風邪!早く寝よ!」
で済ませていたものを。

レギンスみたいなものをはきたいぞー!
でもむこうずねを冷やすわけにはいかないので、
いつも長いパンツ。
レッグウォーマーだけは、私の場合、お風呂以外は脱げないから。

素足でかわいいミュールがはきたいよ~!
でも足を冷やすわけにはいかないので、
靴下をばっちりはいて、夏もたいてい外出はスニーカー。
歩きやすそうなものを何足も試着した。

背中から腕は
(多分、薬の副作用の)湿疹のズタズタ痕がまだ消えないので、
水着がNG。
半そでシャツも、そでは長め。
今はひじのアザも気になる。

湿疹痕に関しては、お店の人の目が気になって、
ボディメイク方面の下着も試着できないので、買えない。
自分で計って通販だけど、どうもイマイチ。

自分に合った、きちっとしたサイズのものは
店員さんが肉をいじりますから、
(胸や脇や背中から手を入れて、肉を適正な位置に詰め込む)
これをやってもらわないと、意味がないんですよね・・・
肉の入れ方が、容赦ないですから。

きちっと入れてもらったときの、体のラインと言ったら、
2サイズ変わったりして。


でも何が一番つらいかって。

正座が長時間できなくなったこと。

月一あったお茶の特別稽古は朝10時から午後2時まで4時間。
事情で伸びるときは4時過ぎまで6時間なんてときもあった。
昼食抜きでぶっ通し。

お炭を使うので、窓を少し開けていても
一酸化炭素中毒気味になることもしばしば。
お茶の飲みすぎで貧血になったり、カフェイン酔いというか
気持ち悪くなったりしたこともあったけど、

楽しかったなー。

毎月、特別稽古が待ち遠しかった。


今は再燃におびえすぎて、
何を守って生きているのかわからなくなったりする。

寛解して幸せなはずなのに、
背中に張り付いている不気味な影は振り切れず、

「再燃するかも」というのが、本心なのか言い訳なのか、
「色々なことから逃げてないか?」
という声がときどき自分の中から聞こえてきて、
落ち着かない気持ちになったりも・・・する。


タグ : スティル病

病気に対するスタンス。
私の病気。成人スティル病

最近、久しぶりに会った友人が

「これ」

と言って、腕の傷を私に見せた。
半そでだけど、見ようとしなければ見えない腕の内側。
腕の付け根からひじのあたりまで
ざくざくと縫ってある、まだ赤い大きな傷跡。
「何針」って数えられそうな、生々しい縫い目。

思わず目を見開く。

トリル「・・・なっ、何?・・・どうしたの?!」

友「二週間前に抜糸した」

トリル「・・・じゃなくて、何でこんな大きな・・・」

友「20年前くらいから違和感があったんだけどね。
  ずっと放っておいたんだよ。
  でもガマンできなくなって、病院で診てもらったら、
  『ここでは対応できないから、違う病院で診てもらって』
  って言われて」

正確な病名は、申し訳ないけど覚えていない。
覚えていないということは、聞きなれない病名ということだ。
「骨ナントカ・・・」みたいな名前だったと思う。

「今度会ったときに、手術の話を聞かせてあげるね。面白いよ」
と言っていたから、そのときにもう一回聞いてみる。
でも思わず
「面白いって・・・!面白くないでしょう?怖かったでしょう?」
と言ってしまった。

でも友人は

「開けてみたら思ったよりひどくて、予定以上に切られた」

と、あっさり笑う。

心配する私に

「もう大丈夫だよ。それよりトリルは大丈夫なの?
 再発とかないの?」

と私の心配をする。

「再燃」という言葉は浸透していなくて、
やっぱり「再発」が一般的なのですね。

でもこの

「もう大丈夫だよ」

という言葉に、私はやられてしまった。

何て強いのかって。


今の医学で、「切る」というのは最小限になってませんか?
うちの父親の肝臓の手術でも、ほんの少し穴をあけて
そこから管を入れて、焼いたりした。
(うちの父親はそれでも「痛い痛い」と大騒ぎだったけど)

盲腸などの手術も、前より傷はずっと小さくなってるはず。

私は外科手術をしたことがなく、よくわからないのですが。
ここまで切るって、大変なことなのでは?

病気は違えど、「大丈夫だよ」って私はまだ言えない。
きっと死ぬまで不安と闘う。
痛みで身動きできなかった、トイレすら自力で行けないあの痛みが
また再現されるかもって。

多少の無理はしても、慎重に慎重に暮らしている。
でも。

「すっごくつまらない」と思う日が最近増えているのは事実である。




タグ : スティル病

昨日の朝、目が覚めたら、首が痛くて持ち上がらない。
冬になって、実は3度目である。
寝違えた?

何なの~?
何なの~?

今朝になったらさらにひどくなっている。
その上、右ひじがズッキン。
手は関節がこわばる。
足の裏も腫れたような違和感。

何なの~?

そういえば、おとといあたり、喉の右側がちょっと痛かったような。

でも熱はない。
大丈夫大丈夫。異常に不安になってはいけない。
うん。

私は20歳の頃、車に追突されて、
それ以来、肩甲骨の下あたりの神経が麻痺している感じがある。
押してもあまり感じないのだ。

生活に支障はないが、雨の前に少し頭痛がしたりすることもある。
後遺症というものか?

事故の後の治療では、肩と首がガチガチだったので、
病院では肩の筋肉を和らげる?ような注射をし、
(ものすごく痛かった)
整形外科に長いこと通い、マッサージをしてもらった。

肩や背中の凝りは今も取れない。
美容院で肩や背中をマッサージのサービスをしてくれるが、
「ものすごく凝ってますね」
といつも言われる。

北海道に行ったときは・・・
浪越さん・・・でしたか、
「指圧の心は母心」という、
テレビで有名になった人の指圧院があって、
ものすごく時間をかけて押してもらったけど、
(浪越さんに、ではなかったけど)
「この凝りは一回だけでは取れませんよ」
と言われた。

しかしツーリストなので、通えなかった。
事故後のマッサージでも完全には治らなかったので、
もう凝りのことはあきらめている。
でもやっぱり良くないんだろうな。
血がうまく通ってないんだろうな。

しかし、今は首から背中が痛いので、後ろが振り向けず、
横を向くときも体ごと振り向く。
夜になったら、だいぶマシになってきた。

スティルが寛解して、痛みのない毎日を過ごしていたけど、
体が痛いってやっぱりつらいんだな。
どこも痛くないって、すごくありがたいんだな。

腕は上がるので、湿布は貼れる。
インドメタシン、がんばってくれ!

今日は、あんまり動けなかったので、
昨日撮ったビデオを見ていた。

「お笑い芸人歌がうまい王座」
アントキの猪木さんとつるの剛士さんの歌にびっくりし、
ずっとビデオをリピートしていた。

アントキの猪木さん、すごいよ。
鈴木雅之さんの「恋人」っていい歌なんだな。

つるのさんもそうだけど、
「歌がうまい」って、音程も声質も大事だけど
それだけじゃないんだなあ・・・
なんというか、「人の心に届く歌い方」ってあるみたいだ。
で、これって、持って生まれた才能らしい。

でも多分、「感動させよう」なんて思ってないと思う。
歌詞のひとつひとつが立体感を持って胸に迫る。
目に情景が映る。
こういう歌を歌える人が本物の歌手なんだろうなあ・・・

秋はものすごくお腹が空いて、
ご飯をお替りまでして食べておりましたが、
冬は全然お腹が空かない・・・
何で?

そのかわり眠い。
眠くてたまらない。
冬眠したいのかなあと思う。

日が短くなって、晩御飯の時間を早くしたせいか、
一日中、ご飯を作っているような気がする。
お腹が空かないので、作るのがおっくうで、
でも、三度三度きちんと食べなければいけない人がいるので、
(糖尿病の父)
私と母は栄養のバランスを考え、がんばる。

用意が簡単なしゃぶしゃぶなんかをやると、
普通は大皿にいっぱい肉を盛りつけて、
景気よく食べるのが楽しいのだけれど、
父はたんぱく質は一食60グラムと決められているので、
食べ過ぎないように、肉を各自の皿に分ける。

以前、しゃぶしゃぶをしたときに、
父がものすごく肉を食べていたので、
「これはいけない!」と一人分ずつ皿を分けたのだった。

そのテーブルを見て、夫は
「うわー、すごく仲の悪い家族みたい!」
と笑っていた。

一度お試しになると分かる。
ものすごーく殺伐とした食卓になるのが・・・

鍋は自分が食べた量がわからなくなるよね・・・
しゃぶしゃぶはまだわかるように分けられるけど、
すきやきはどうしよう・・・
やらなきゃいいか・・・
でも本当は、家族が手取り足取りじゃなくて、
自己管理をしてもらいたいと思う。
・・・お菓子を食べちゃだめだってば!って言うの疲れた。

話は変わって。

去年の今ごろ、湿疹とじんましんが出始めて、
大変だったのですが、
また湿疹が復活のきざし。

じんましんは暴れたいほどかゆいので
さすがに薬でおさえたのですが、
湿疹は放ってありました。
「毒出しだろうか?」と思って、薬で止めないほうがいいかと。

背中のひどいものはほとんど治ったのですが、
腕のポツポツはまだ残っていて、一年がたってしまいました。

去年ほどひどくないものの、また背中に少し。
頭皮のは一時、かなり減って喜んでいたのに、また増えだし・・・
何だろう。
乾燥肌だから、冬は弱いのかな。
汗をかくことが少ないから、代謝が悪いのだろうか?

半身浴をした次の日の朝は、
マイボーム腺(腺が詰まる持病あり)から脂がドバーっと出るし・・・

マイボーム腺に脂が集まってしまって、皮膚にまわらないの?
何なの?

うまくいかないわ・・・

 | BLOG TOP |  NEXT»»