プロフィール

Author:トリルMM
30代 女性
2006年5月に膠原病である
「成人スティル病」を発症。
現在、寛解中。
体質改善に励んでいる。

スティルの細かい入院記録は
カテゴリー「スティル病」に。
スティルの経過ダイジェストは
カテゴリー「スティル記録」に
掲載しております。


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私はスティル病の他に
「マイボーム腺梗塞」という病も持っておりますが・・・

まつげの根元にある、
脂が出てくる腺が詰まってしまう病気です。

命に別条はありませんが、
脂が出てこないので、目の水分が乾きやすくなり、
ドライアイになってます。

以前、詰まりが激しいときに、軽い手術をしました。
私の場合、針のようなもので詰まりを取ったのですが、
特に痛くはなく、
目に迫ってくる針がちょっと怖かっただけです。


特に根本的な治療はなく、
「日頃、腺をひどく詰まらせないように
 お風呂に入ったときに、湯船のお湯でタオルを絞り、
 目に当てて温めてください」とドクターに言われています。

私の場合だけではないと思いますが、
半身浴をおよそ1時間ほどした後は、
タオルで温めなくても、
目の周りがヌルヌルになるほど脂が出ます。

半身浴はスティルの体質改善のためにやっており、
それでも私の弱点のむこうずねはすぐに冷えてしまうので、
すぐにレッグウォーマーをつけますが、
マイボーム腺も少しは詰まりが緩和されるのなら、
一石二鳥というか・・・助かりますね。

半身浴は、体調や家族の入浴の都合などで出来ない日もありますが、
できるときは、がんばって続けています。
肌も透明感が出るような気が・・・(自分比ですが)

毛穴から汚れがじわじわ出てくるのか、
入浴後に化粧水を含ませたコットンで顔をなでると
コットンが汚れます。
顔はちゃんと洗顔料で洗って出てくるのに・・・です。
これはちょっと面白い。
一石三鳥かな。

でも次の日も脂が出続けるのか、
マスカラやアイラインやアイシャドウが溶けて
目の周りがパンダになることもあり・・・

ちょっと困りますが、詰まるよりいいです・・・
救急車のことばかり書いているような気がしましたが、
また父親が救急車で運ばれ、慌てました。

今回は父親の出先でのできごと。
私も違う出先で、ケータイに連絡を受け。

めったに外出しない父が、なぜ?と思ったら、
何かの会の司会を引き受けていたらしい。

・・・なぜ引き受ける?
「いつ何が起きても不思議ではない」
とドクターに言われているのに・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

11月も中旬に入りまして、
年末年始の準備もそろそろというところでしょうか。
早いかな。

うちに関しては、
5月の車庫の大掃除から始まり、ずっと大掃除中ということで、
このまま年末の大掃除になだれ込みます。

ずっとコツコツやってはいたのですが、
家族の事情とか所用とか、色々なものを混ぜ込みながら、
そして、つらさのあまり全部投げ出したくなったり、
収納システム見直しで思考停止したり、
(本当に押入れの前でフリーズする)
のろいですが、少しずつ進んでいます。

自分の体のことを考え、ヘトヘトになるまでやらない。
疲れたと思ったら、無理しないで休む。
そうしないと、結局次の日が使い物にならなくなるから。
とにかく毎日、少しでも前へ進みたい。


かなりのものを捨てましたが、もし捨てて後悔しても
また買いなおせるものは、それでいいし。

モノを捨てて、余ったスチールワゴンやプラ棚などをバラし、
きれいに拭いて、押入れサイズに組みなおして入れたり。

こういうのはベッドに入って「アレどうしよう・・・?」
と考えながら寝ていると

「そうだ!あの場所にアレ、サイズ合うかも」
と、思いつくのです。

部屋の入れ替え同時進行なので、モノの引越しついでに
捨てまくる。

普段、色々捨てているように思えても、
けっこうまだ捨てられるものがたまっていて。

夫も私もかなりの量の服を資源回収に出しましたが、
シーツに包んで6包み。
過去最大。

もともと私は夫より服が少ないのですが、
さらに少なくなり、「捨てすぎか?」と思ったけれど、
日常生活に何の支障もないのが、若干ショックで。

服だけの話ではないけれど、
本当に必要なモノって、そう多くはないのかもしれない。

収納システムを大々的に見直したら、部屋が散らかりにくくなり、
清掃自体はだんだん楽になってきていて。

ギラギラした目で見回しているせいか、
色々な不備が目につきだして、それはそれで疲れますが。

月命日のときに、仏間前の廊下のカーテンをふと見たら
ひきずっているので「なぜ?」と思い、
よく見ると、フックをかける所の布の縫い糸が弱ってきていて。

一日かけて直したり。
はめ殺し窓の分を含めて9枚。
ついでに洗う。
全部きれいに縫い直したけど、レースの方は
そのうち新しく買うつもりで。

今は母屋&新屋の障子を張替え中。4日目。
寒くなる前に全部張り替える。
和室が多いため、枚数も多い(飽きてきた・・・)
古い糊を落とすのが、特にめんどくさい。
水を結構使うので、冬にやるのはイヤ。
だからまだ寒くならないで。
でも、真っ白になった障子はやっぱり胸がスッとする。

こっちの棟のモノはほぼ整理完了。
最大の問題は、母屋の2階だな。
屋根裏で、全部物置。
全部捨てても問題なさそうなのに、親の管轄だから・・・

でも今やらないと、いずれ私がやることになるんだよね・・・
つらいだろうなあ・・・
でも今やろうとすると「捨てるな!」ってもめるんだよね・・・
頭痛い。

資源回収のときに近所の奥様方に
「うちはダンナの親がすぐ捨てる人で、
 もったいないと思うこともあるよ」
というお話も聞きましたが、

また違う奥様は
「うちはあの倉庫にダンナの兄弟4人分の学習机が全部入ってるよ。
 昭和のソファーも。
 絶対もう使わないのに、とっておいてどーすんの?」

って・・・

・・・気持ちわかるよ。
お互いがんばろうね。


そういえば。

父が救急車で運ばれたときに・・・
母は救急車に同乗で、私は別に自分の車で行きましたが、

救急隊員のかたに
「絶対に救急車についてこようとしないでくださいね。
 信号をきちんと守って、法定速度でお願いします」
と言われました。

ということは、
無理について行って、
事故を起こしそうになる車があるってことですね。
気も動転してるでしょうし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気候の良い今の時期に、片付けは最適です。
暑いのは平気な自分ですが、
寒いのは全然ダメで、冬はできるだけ用事を作らず、
家でじっとしていたい。

うちの場合問題は、
父が片付けを自分の仕事と思っていないことと、
(自分の物でもね)
母がしまいこむのがうますぎることである。

「うますぎる」って、褒めてないです。
どちらかというと正直言って、厄介なこと。
とりあえず空いているところに詰め込むので、
カテゴリー分けがしてなくて、
何がどこにあるのかわからなかったりします。
でもとにかくパッと見は「とても片付いた家」

母は昔からものすごく忙しい人で、
今も変わらず忙しく、何でもてきぱきやりますが、
実は捨てるのが苦手ではないかと。

収納は
「なぜこんなに詰め込める!」という位、
アクロバティックな方式で。

5年前に親の棟と私たちの棟を入れ替えたわけですが、
そのときに、まだ物を全部動かしきれなくて、
共通のもの(お客様布団とか)は
今の私たちの棟に置いてありました。

5年たった今、それでも使わなかったお客様布団を
数組処分にかかっています。
枕もこんなにいらないよね。
だいたいがもう、泊まるお客様も減っているし。

私的には、
「泊まるときに貸し布団でいいじゃん。
 あるいはお金はこちらが出して、ホテルとか」
と内心思っているのです。

布団はメンテナンスがいるし、重いし、場所取るし・・・
湿気るといけないので、押入れの一番下には置けない。

押入れの、取り出しやすい一等地が布団の場所になってしまう。

日々の生活を犠牲にして、いつ使うのかわからない布団を
いい場所にしまっておく意味があるのか?

友達に「布団捨てたい」と言ったら、
「でも震災なんかのときに、
 やっぱり余分の布団があると助かったらしいよ。
 とりあえず眠れるからね」

とのことで、「そうか、そういうこともあるか・・・」と思いました。

全捨てはやめて、二組だけ残そうか。

以前、2階の物置き場を母がちょっと整理したとき、
新品の布団がものすごくいっぱいあって、
子どもがたくさんいる親戚の家、何軒かに譲ったことがあります。

香典返しか法事か何かで頂いたものだと思うのですが、
これがまたものすごい量で。
一家全部が余裕でまかなえそうだった。

モノに関するスタンスが「譲るのはいいが、捨てるのはいや」
そんな感じでしょうか。

そして母自身は、お嫁入りのときに
親が用意してくれた嫁入り布団が手放せないのです。
それはもうずいぶん前から、使っていないのにもかかわらず。

「親が用意してくれたものだからねえ・・・」
これは心情を考えると無理のないことですが、
しまいっぱなしで状態が心配というか。
もう使わないとわかっていながら、処分は考えていないようで。

そして年をとってくると、モノの処分がおっくうにもなるようです。
すごくエネルギーを使うから。

私だって、処分するときは悩みます。
「まだ使えるのに、もったいない」とか。
決断するのがすごく疲れるので、全部一気にできない。
体よりも頭が疲れるのです。

でも多分、今しかない。
大掛かりにやってしまえるのは。
そして今やってしまわないと、
私だってどうなるかわからない。

共通の靴箱の整理をしたら、私の靴は4足になってしまいました。
親の靴も整理させてもらって、
(全部並べて、選別してもらった。
 母のものすごい量の靴をどうにかしてもらいたくて)

なるべく傷んだ靴が目立つように、並べ方を工夫してみたり。
新しい方の靴の横に「もう無理」っていう感じの靴を置いたりして。
でも!それでもいったん「これはもう捨てようかな」と言ったそばから
「あっ、でも○○に行くとき使えるし」

いやいや、きれいな靴あるでしょう。
それでいいのに。
古い靴はいい所に連れていってくれませんよ。
(って、『花より男子』でそんなようなセリフを読んだような)

それでも玄関に出てる靴はほぼなくなり、
掃除がしやすくなって、快適。
私にとって、モノが多いのが幸せではなく、
暮らしやすくて、最低限の家事で清潔が保てるのが幸せ。

靴を捨てるのは、わりと簡単。
「外で脱いで恥ずかしくないか」
が基準なので、外側が大丈夫でまだまだ履けると思っても、
内側を見られたときに、恥ずかしい状態なら捨てられる。
靴は、内側の方が傷みが早いような気がする。

思えば、
「もったいないとかより、
 引っ張り出してきて、選別するのがめんどくさい」
ってあるかもしれない。

枕は今日、5つ捨ててきました。
ゴミの袋の余裕分に入るだけ。
ゴミ袋自体は4袋できてしまった。
まだ捨てる枕は2つ残ってます。
(どんだけあるの・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近、
「家に物が多くて、
 緊急のときに救急隊員が患者を運びだすのに苦労した方のブログ」
を読ませていただきましたが、
(もう壮絶で・・・気持ちがすごくわかった)

うちは収納がうますぎる母のおかげで、
とりあえずそのようなことはないものの、
万が一の場合(お葬式など)、近所の方々が家に大勢いらして
お葬式のお手伝いをしてくれたりする風習が残っているので、
(お勤めされている方は、会社を休んでまで駆けつける)
何かを探すために、どこかを開けられる可能性だって0ではないのです。

実際、祖父母のお葬式のときも、私がお顔を存じない方々が
大勢お手伝いにいらしたり・・・
ご近所だけでなく、遠い親戚とか・・・
お葬式の間は、家全体に行き来し、
入らない部屋なんてほとんどなかった。

お寺さんの着替え&休憩室も必要。
お手伝いの方々の休憩室も必要。

隣の若奥様が
「もうそういうのやめて、私たちの世代はセレモニーホールでやろうよ」
と言ってくださいましたが、今後どうなるか・・・
ご近所の長老さんたちの御意見はどうなのでしょうね。
私たちの世代で変えられるのかな・・・

薬の名前

色々な用事の合間を縫って、家の片付けはゆっくりと進んでいる。
「まだやってたの?」
という感じでしょうが・・・
寒くなる前に絶対終わらせる。
つらいから。

父の具合が一時期微妙であり、痛みに耐え切れず
私たちが知らない間に、自分で救急車を呼んだりとか。
日曜日の夜中で、専門のドクターがいらっしゃらず、
血液検査やレントゲンなどしてもらったものの、
持病以外の異常も熱もなく・・・
この痛がり方ではてっきり「とうとう入院」とみんな思っていたのに、

「痛いだけでは入院はできないんですよ。
 痛み止めを出しますから、また明日来て下さい」と言われる。

車いすに、母とふたりで乗せられるか?
車には乗れるのか?
家の中まで、痛がる父を移動させることができるか?

家に着く頃には、ボルタレンがだんだんと効いてきたようで、
何とか半分自力で。

翌日に病院で精密検査をしたら、大腿骨あたりの骨折だったそうで。
それでも治療できる場所でもなく、痛み止めのみ。

ガンのせいで、骨がもろくなっているらしく、
週に一度行っていた、脳梗塞のリハビリも中止に。

ところで、病院で今飲んでいる薬の名前を聞かれる。

「?」

病院ならカルテに書いてあるんじゃ・・・と思っていたのだけど、
ガンと脳梗塞(糖尿病もある)が小康状態になったときに、
基幹病院から、身柄(?)を他の病院に移され、
(重篤な状態でないので、普段の診察を行う所。
 基幹病院は混むので、よくあることらしい)
救急車で運ばれた元の基幹病院には、現在の薬の記録がないのだ。

父に薬の名前を聞いても「わからない」と言う。

家に電話して、夫に薬を探してもらう。
でも薬は父がシートをバラバラにしているため、
名前がすぐに読めない。
パズルみたいに組み直して、何とか読んでもらう。
7種類。

常用している薬の名前がわからないと、他の薬がだせないそうで。

痛くて入院と決め付け、「着替えとかラジオとか本とか用意しろ」と
父は母に言ったのだけど、
お父さん、薬の名前が最重要事項です。
メモを作ってください。

と思った。

「ガンはもう手の施しようがなく、
 このままにしておくしかありません。
 いつどうなるかわからない状態です」

と言われていますが、
本人は骨折で、自力で出かけることもなくなったけど、
家でテレビを見たり、パソコンで何かやってたりする。
寝たきりではないのだ。
食欲も信じられないほどある。

だから、「薬のメモくらい作っておいてください・・・」(泣)

動けない、つらい病人にはこんなことは思わない。
でも病気でも、動けるうちは、痛くないときは
できることは自分でしようよ。
母が、私が、何でもやるのは当然と思わずに。

でも今、薬をもらうときって、説明書がプリントアウトされてくるはず。
あのまま入院バッグに入れておいてくれれば、それで済むのに・・・
そういう大事なものは、さっさと捨てちゃうんだよね・・・

そんなこんなで、会に居づらい日々も続いておりますが
(3月が終わるまでは役員なので)

ストレスからか、首から肩が痛くて、
振り向けない位、動けない日もありますが、
湿布で何とか。
インフルエンザが流行っているので、
病院は様子見で。
本当に自分が色々な意味で情けない。

気分を変えて、
久しぶりに落ち着いてテレビを見た。
録画だけど。

ドラマ「だましゑ歌麿」


水谷豊さんは、「相棒」の右京さんのイメージが強く、
今回の歌麿役は、最初、戸惑うような変貌ぶりで。

役者さんはすごいね。

水谷豊さん目当てもあったのですが、
着物も見たくて。

今回、吉原のシーンもあり。
歌麿は部屋で取り憑かれたように、
スケッチしてます。

花魁独特(?)の、結び目が前に来ている帯の結び方とか。
着物って大体の形はそう変わらないのに、
帯の結び目が前にくるだけで、感じがすごく変わる。

花魁役じゃないけど、市原悦子さん(同心の母親役)の
一本の薄そうな帯の上に、
もう一本、派手に大きく文庫で結んである帯とか。
(柄変わりの一本かと思ったけど、質感が違うみたいで
 やっぱり別々の帯にしか見えない)

市原さんだから、素敵で可愛らしいのかな。
私は、文庫結びは「娘」っぽくなるので、遠慮してたのですが、
別に私の年でも結んでもいいのかな・・・?

正直、ストーリーよりも、着物に釘付け。

最後の方に出てきた、吉原の遊女役のひとりの女優さん
(クレジットに名前がおそらくないのでしょうが)
のお顔が、すごくキュートで、その方ばっかり見てしまったり。
ふっくらしてて、白塗りが良く似合う。

そして、水谷豊さんの歌麿。

「相棒」では右京さんの動きやセリフばかり追ってますが、
「歌麿」では、着物が独特でした。

絵師という仕事柄からでしょうか、個性的。
男性の着物は特によくわかりませんが、中に着ている襦袢の襟の色と
着物の色や柄が独特で、
今は絶対にこんな色の合わせ方はしないだろうという感じ。
「アーティスト」という感じで、面白い着物でした。

時代は江戸からさかのぼりますが、
玉木宏さんの織田信長のときの衣装もまた独特だったことを
思い出しました。
他の方も信長を演じられるときは、いつも同じように
ド派手で奇抜な模様の着物。
着物が映った後ろ姿だけで、信長役とわかるほど。

着物がその人を表す記号なんですね。
秀吉はキンキラキンで、悪代官は黒地に金糸銀糸入り。

でもやっぱり男性の着物姿はいいですね。
きちっと着ても、崩していても、素敵です。
街なかでもっと見たいですね。

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